ちょっと遅めの……?

朝、それは私にとって至福のひととき。
目が覚めるとリビングでは愛しの妻が、コーヒーを準備して待っている。
私にとってそのコーヒーは、この世で一番の甘露。
それを飲みながら妻と会話するこの時間だけは誰にも邪魔をされない、否、させない。

そんなことを思いながら私はリビングへ向かった。
壊れない程度に勢いよくドアを開けると、そこには女神が、

「おはよう、なの、は?」
いなかった。

いつもなら笑顔で「おはよう、フェイトちゃん」なんて言いながらコーヒーを手渡してくれる妻からの返事がない。
それどころか、リビングはカーテンが閉められて薄明るいままで、どこを探してもなのはの姿はない。

早朝訓練か何かだろうか?
いや、それなら昨日の時点で私に連絡が来ているはずだし、
急な場合であってもリビングに入った瞬間に映像メモが起動するようになっているはずだ。
ここから導き出される結論はひとつ。なのはがまだ起きていない、ということ。

管理局に勤めるようになってから、なのはは早起きが習慣づいていた。
朝起きられない、と言っていた昔が嘘のように早起きができるようになっていた。

そんな彼女が私より遅起きなのは、年に1回あるかどうか。
今日がその日ならいいのだけれど、なんとなく私は嫌な予感がしていた。
なのはに何かあったんじゃないか。例えば病気とか。

考え出したらもう足が止まらなかった。私の足は自然となのはの部屋に向かっていた。
「なのは?」
扉をノックして声をかけても返事がない。いよいよ、いても立ってもいられない状況になってきた。

救急車を呼ぶことも考えたけど、それはまだ早い。

とにかく、なのはの様子を見ないことには始まらない。
念のため、もう一度扉をノックする。もしかしたら、ただ寝坊しただけかもしれないから。

「なのは? ……入るよ?」
またも返事はない。
その事実を確認して、私は扉を開けた。幸いなことにドアにカギはかかっていなかった。

なのはの部屋は暗いままだった。カーテンが閉められたままで、日が入ってきていない。
ベッドに視線を移すと、一部盛り上がった部分があり、そこに人がいることを主張していた。
これで布団をめくって別の人がいたらびっくりだけど、さすがにそれはないと思う。

ベッドに近づいた私は、大きく深呼吸をしてからその布団をめくる。
「なのは、だいじょう、ぶ?」
その瞬間、時が止まった。ベッドのなのはと眼が合ってしまったのだ。

寝起きなのか、少しだけとろんとした眼はそれだけで私の心にクリーンヒット。
場所が場所なだけに、これは非常に危険な状態だ。主に私が。

「あっ、フェイトちゃ~ん。おはよう」
「うっうん、おはよう、なのは」
妙に間延びした甘い声が私の理性をより一層刺激してくる。
落ち着け、私。なのはは病気かもしれないんだから。ここは我慢の時だ。

「なのは、大丈夫?なんだか、ダルそうだけど」
「そうなの。なんだか身体がダルくて……お仕事に行けそうにないかも」

潤んだ瞳で私の理性を容赦なく攻撃してくるなのは。
多分本人は無自覚なんだろうけど、それがまた怖い。って、そんな場合じゃなかった。
とりあえず、熱を測らないと。

「ちょっとごめんね」
一言断ってからなのはの額に手を置く。
感じられる体温はいつも通り。よかった、熱はないみたい。
でもでも、それだけで安心だってわけじゃない。熱が出ない風邪だってあるんだから。

「他に、どこか変なところない? 例えば、どこか痛いとか」
「大丈夫。身体がダルいだけだよ。ゴメンね、すぐご飯の準備するから」

こんな状態でも私の心配を先にしてくれるなのはの優しさに少し感動してしまう。
でも、今はなのは自身が心配されるべき状況だ。
身体を起こそうとするなのはを制して、ベッドに寝かしつける。

「無理しないで。なのはは病気なんだから、こんなときくらいゆっくりしてくれないと」
「あのね、そうじゃなくて、その、」
「ダメ。ちょっと待っててね、すぐに暖かいもの作ってくるから」

まだ何か言いたそうななのはの言葉を無視して、私はリビングへ向かう。
こうでもしないといつまで経っても問答が終わらなくなってしまうからだ。

キッチンにやって来た私は、すぐになのはのためにお粥の準備をする。病気といえばこれだよね。
私が風邪とか引いたときにも、なのはがよく作ってくれるし。
あ、そうだ。少し温めに作らないと。なのはは少し猫舌なところがあるから。

「ふんふ~ん♪」
自然と鼻歌が出てきてしまう。
病気で寝込んだ妻のために、お粥を作る夫。
これが理想の夫婦像じゃないかな。少なくとも私はそう思ってる。

「よし完成。ふふっ、なのは喜んでくれるかな」
お粥を食べている姿を想像しながら、私はスキップをしそうな勢いでなのはの部屋に向かった。

部屋に着くと、またしても予想外のことが。
なのはがベッドから抜け出して、管理局の制服に着替えていたのだ。
これには夫として怒らないわけにはいかない。

「一体、何してるのかな?」
「えっ!?」
どうやら私には気付いていなかったようで、驚いた声を上げるなのは。
そんなところも可愛いところだけど、これはいただけない。少し怒った顔を見せないといけないみたい。

「いい? なのはは病気なんだよ。いくら熱がなくたって、病気には変わりないないんだから、」
「あのね、フェイトちゃん。そのことなんだけど」
さっきとは逆に私の言葉を遮るなのは。
その眼がものすごく何かを言いたそうだから、私も言葉を止めざるを得ない。
それを見たなのはがおずおずと言葉を続ける。

「あのね、わたし病気じゃないんだよ。その……五月病? なんだ」
「五月病?」
思わぬ単語がなのはの口から飛び出した。
でも、五月病って新入局員とかがかかるものじゃないの? それに五月って、もうすぐ六月なのに。

「朝ね、ベッドの中で『身体がダルいなぁ。管理局行くのが面倒だなぁ』とか思ったらね、その……
「つまり、私の早とちり……ってこと?」
私の言葉にコクンと頷くなのは。
そんな妻の姿に私の身体が一気に脱力してしまう。なのはが病気じゃなくて本当によかったけど。

「ゴメンね、フェイトちゃん。でもフェイトちゃんもいけないんだよ。私の話を聞いてくれないから」
「うぅ、反省してます」
いつの間にやら立場が逆転。
結局いつものように私が怒られることに。それにしても、このお粥どうしよう?

「じゃあ、フェイトちゃんはヴィヴィオを起こしてきて。わたしは朝ご飯を作るから。それから、」
なのははそう言うと、私の手にあったお粥を取った。

「わたしの朝ご飯はこれでいいや。せっかくフェイトちゃんが作ってくれたんだしね」
なのはは笑顔で私の横を通ってリビングへ向かった。すれ違う時に小さく、
「心配してくれてありがとう、あ・な・た」
と言って。

今日は朝から散々だったけど、最後に少しいいことがあったな。

そんなことを考えながら、私は愛娘を起こしに行くのだった。