すれ違い、そして……

今日は海鳴市の市総体。

普段なんの部活に入っていない私はこういう時、よく助っ人を頼まれる。
私も運動すること自体はそんなに嫌いじゃないからつい引き受けてしまうんだけど、
それでいいのかな、なんて思ったりもする。まぁ、私が考えても仕方がないことなんだけど。

「ハラオウンさん!」
そんなことを考えているとボールが飛んできた。目の前にはマークがふたり。
抜けない相手じゃない。軽くフェイントを入れてふたりをドリブルでかわし、そのままゴールまで一直線。

コース上に相手選手はいない、絶好のチャンスだ。ボールを持ち上げて右手で軽く押しこむ。
押し出されたボールは放物線を描いて、ゴールに吸い込まれていった。

ゴールが決まったその時、審判の笛が鳴った。試合終了の合図だ。
結局この試合も勝って、私たち聖祥中学は3戦全勝で決勝トーナメントに駒を進めた。

といっても、私の出番はここまで。
あとはバスケ部のみんなに任せることになっている。これより先は流石に助っ人の出る幕ではないから。

 

試合終了後にみんなで整列して、応援してくれた生徒に挨拶をする。
今日は学校を休校にして生徒全員がこのスポーツセンターにやって来ているから観客が多い。
特にバスケ部は強いから、応援も一際多いみたい。

尤もはやてに言わせると、

「ま、ほとんどフェイトちゃん目当てみたいやけどなぁ~。恋する乙女は多いっちゅーわけや」
とのこと。そうだとしたら嬉しいけど、流石にそんなことないと思うんだけどなぁ。

「応援、ありがとうございました!」
全員で礼をしながら、横目でなのはの姿を探す。
得点を決めるたびになのはの方を見てたから、その姿はすぐに見つかった。こっちに向かって手を振ってくれてる。
あぁ、今この瞬間のために生きてるんだ。そうに決まってる。
とにかくなのはの期待に応えなきゃ。顔を上げると、私はなのはの方へ手を振った。

「ハラオウン先輩が私に手を振ってくれたわぁ!」
「違うわ、あたしよ!」
ごめんね、私が手を振ったのはなのはになんだ。でもなんだかああいうのも可愛いかな。
なんて後輩たちの方へ一瞬視線を向けている間になのはの姿が消えていた。

さっき座っていたところにはもういない。
慌ててその周りを探してみたけど、どこを探してもなのははいない。どこに行っちゃったんだろう?

(フェイトちゃん、なのはちゃんならさっき外に行くって言っとったで。早く追いかけた方がええんとちゃう?)
いなくなったなのはを探していると、念話が飛んできた。こんなことができるのは一人しかいない。

なのはの隣に座っていた彼女に感謝すると、すぐに私は体育館を飛び出した。
なのはの席は2階だったから、さっき出たなら入り口で追いつけるはずだ。
そう思うと私は、試合の時以上のスピードを出して入り口へ向かった。

 

 

わたしは一体何をしてるんだろう?

フェイトちゃんが後輩の女の子たちに笑いかけてただけなのに、手を振っていただけなのに。
ただそれだけなのに胸が痛くなって、気付いたら逃げ出していた。

ううん、理由は解ってる。単なる嫉妬。
フェイトちゃんを独占したいという、ただの我儘。最低だな、わたし。

最初はすごく嬉しかった。
フェイトちゃんがゴールを決める度に、照れくさそうにわたしの方を向いてくれたから。
シュートを放つフェイトちゃんはすごく格好よくて、すごく綺麗だった。
運動が苦手なわたしには本当に雲の上の存在で、同時に誇らしかった。

おかしくなったのはその次から。
後輩の女の子たちがバスケの試合を、ううん、フェイトちゃんを見に来た時から。
フェイトちゃんが点を取る度に、黄色い歓声を上げる彼女たち。そして、その子達の方を向くフェイトちゃん。

解ってる。その子達がわたしの前にいたから、わたしの方を向くとその子達の方を向いてしまうことくらい。
でも頭では納得できても、心は納得できなかった。
フェイトちゃんが顔を上げる度に、彼女たちの方を向いているんじゃないかって、そんなことを考え出していた。

それでも堪えることはできた。フェイトちゃんを信じてたから。だから試合が終わるとフェイトちゃんに手を振った。
わたしにだけ応えてくれると信じて。

だけどフェイトちゃんはわたしより先に後輩の女の子たちに手を振っていた。
それも多分わたしの勘違い。フェイトちゃんがそんなことをするわけがない。
解っているけど、受け入れられなかった。

その姿を見たらもう、我慢できなかった。はやてちゃんに一言残すのが精一杯で、そのまま観客席から逃げ出したんだ。

フェイトちゃんがきっと追いかけてきてくれると思ったから。
そうすれば、フェイトちゃんとふたりになれるから。本当に最低だ。
これじゃあフェイトちゃんが来ても合わせる顔がないよ。

でも貴女は絶対に追いかけてくるんだよね。だって、フェイトちゃんはものすごく優しいから。

「はぁ……はぁ……なのは!」
やっぱり。呼び止められたわたしはゆっくりと、優しい彼女の方を向いた。

 

 

走り出してすぐに、なのはの後姿を見つけた。
聖祥の制服にあの髪型はなのはしかいない。そのことを確認すると、更にスピードをアップする。

「はぁ……はぁ……なのは!」
大声で呼び止めると、なのははゆっくりと私の方を振り返った。
そのまま私は立ち止まったなのはに近づく。

「なのは、どうし、」
言葉が続けられなかった。
振り返ったなのはの瞳が濡れていたから。そんななのはに言葉をかけられない。

呆然と立ち尽くす私に、なのはが言葉を発した。
いつもの明るくて可愛い声じゃない。低い、とても怖い声だ。

「ごめんね、フェイトちゃん。いきなり逃げ出して」
紡がれたのは謝罪の言葉。
でも私にはなのはがどうして謝っているのか解らない。なんで泣いているのか解らないよ。

「なのは、どうして謝るの? なのはは別に悪いことなんてしてないじゃない。それに、」
「違うのっ!」
予想も出来ないような大声で、なのはは私の言葉を否定した。

目の前のなのはは私が知らないなのはだった。どうすればいいのか解らない。
いったいどうすればいいのか、私には解らない。
「違うんだよ、フェイトちゃん。悪いのは全部、わたしなんだ」
沈黙が支配する中、なのはがポツリと語りだした。

そして私は知った。私が彼女をどれだけ傷つけていたのかを。
自分には大したことでなくても、他人には大きな傷を与えるということを。
「だからね、フェイトちゃんはわたしのことなんてどうでもいいって思ってるのかなって、勝手に思ってたんだ。
最低だよね。本当に、最低」
「なのは……
言葉が続かない。

でも、そんなことを言っている場合じゃない。なのはに謝らないと。だって、悪いのは私なんだから。
私がなのはを不安にさせたのがいけないんだ。だからなのはは……
そう思ったら、私の身体は勝手になのはを抱き締めていた。

「ごめんね、なのは。私が、私がいけないんだよ。なのはを不安にさせたから。だから、」
「違う。フェイトちゃんは悪くない。わたしがフェイトちゃんに嫌われたって勝手に思い込んだから。
こんなわたしなんて、本当に嫌いになっちゃ、んっ」
それ以上は言わせなかった。

だって、私がなのはを嫌いになるわけなんてないんだから。
そのことをなのはに教えてあげるために、なのはの唇を塞いだ。
「私がなのはのことを嫌いになるわけない。私はなのはが好きだ。好きだから、こんなことも出来るんだよ。
これでもまだ、不安?」
「フェイトちゃんっ!!」
なのはが私の胸に飛び込んでくる。私はそれを受け止めて、しっかりと抱き締めた。

「ごめんなさい、フェイトちゃん。本当に、ごめんなさい。わたし、わたし……
「いいよ、なのは。私の方こそ、ごめんね。これからはなのはを不安になんかさせないから。絶対に」
そこから先、なのはは泣きじゃくるだけだった。

私はそんななのはの頭をずっと撫で続けた。ただ、なのはが泣き止んでくれるまで。

 

 

「ねぇ、フェイトちゃん?」
すっかり元気になったなのはと一緒の帰り道。いつも通りの笑顔でなのはが話しかけてくる。

「どうしたの?」
「さっきの約束本当?わたしを絶対に不安にさせないって」
下から覗き込んでくるように訊くなのは。

その答えは言うまでもない。
「勿論、絶対だよ。証明してみせようか、なのは?」
「証明って……
ポカンとするなのはの肩を強引に引き寄せると、唇を重ね合わせる。
今日二回目のキス。さっきよりずっと長くて、さっきよりもずっと甘いキス。私たちはしばらくその味に酔いしれた。

 

 

どんな時もどこにいる時でも、絶対に不安になんかさせない。いつでも君と一緒だよ。なのは。

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