なのはとフェイトのトラウマ退治?

眼を閉じて精神を集中させる。大丈夫、私なら出来るはず。
これまで何回も挑戦してきたんだから、絶対大丈夫だ。恐れるものなんて何も無いんだ。
入念に自己暗示をかけて、ゆっくりと目を開ける。

開けた世界はさっきと違って見えた。そのことを確認すると、目標に向かって一歩踏み出す。
恐れはない。あるのは、確信のみ。私には出来る、という絶対の確信だ。
そうして、とうとう私はそれの前までやって来た。急に世界がブレ始めた。

強大な敵を前に、私の足が震えているのだ。しかしこの恐怖に打ち克たなければ、明日はない。
意を決した私は、軽く助走をつけて目標へ飛び込んだ。

 

―――バシャーン!!

 

水しぶきが上がると同時に、私はプールサイドに手を掛けていた。
フェイト・T・ハラオウン、プールに入れなくなってしまいました。どうしよう……

 

私が水に入れなくなっていることを知ったのは、つい先日。学校でのプールの授業。
入念に準備運動をしてプールに入った時だ。思うように身体が動いてくれなかった。
水の中にいるからじゃない。なんだか、私の脳が水の中にいることを拒否している、そんな感じ。

気がついたら、私はプールサイドで震えていた。
心配したなのはがすぐに駆けつけて声をかけてくれたけど、何が起こったのか私の方が理解できずにいた。
無意識化の行動に、私の理解が追いつかなかったからだ。

結局その日の授業の間、私は見学することになってしまった。
でも、その時の私は甘かった。これはこの時だけの異常だと思ってしまったから。

次の授業も、その次も私の身体は全く同じ反応を示した。原因は全くもって不明のまま。
体調はどこも悪くないのに、プールに入ると身体が震えだす。その繰り返しだった。

「ちょっと、フェイト。アンタどうしたのよ?これじゃあ、あたしと勝負なんて出来ないじゃない!」
アリサったら授業中なのに声が大きいよ。自由時間だからみんな気づいてないみたいだけど。
ちょっと恥ずかしいな。答えにくそうにしている私を見かねたのか、すずかが助け舟を出してくれる。
こういう時は、本当にすずかに感謝だよ。

「ダメだよ、アリサちゃん。フェイトちゃんにだってワケがあるんだから。ね、フェイトちゃん?」
「解ってるわよ。でも、こういうのは声に出さないといけないのよ」
どうやらアリサも本気じゃなかったみたい。
でも多分、勝負っていうのは本気なんだろうな。勝負、出来るのかな?

「ま、素直やないアリサちゃんは置いといて、と。ホンマにどうしたん?
フェイトちゃん、プール苦手なんか?」
そんなことを考えていると、今度は一緒に見学していたはやてが声をかけてくる。

相変わらず余計な一言があるけど、その瞳は私を心配してくれている。
はやても泳ぎたいはずなのに本当に嬉しいな。
あとはアリサを怒らせないようにしてくれれば完璧なんだけどな。

「ちょっと、それ、どういう意味よ!?」
「そんな事ないよ。泳ぐのは嫌いじゃないし、アルフ達とも水遊びしてたから」
案の定怒った素振りを見せるアリサをすずかに任せつつ、はやての言葉に答える。
私が言ったことは間違っていない。実際、今まで水が怖いなんて感じることはなかった。

「じゃ、最近怖い経験したんとちゃうかな?急に水に落ちたとか」
「う~ん、なかったと思うけど」
記憶を思い返しても特に思い当たる節はない。
大体、急に水に落ちるってどんな状況なんだろう?
ちょっと想像できないな。それに私たちは飛べるんだから、落ちるなんてことはないと思う。

「と・に・か・く!」
はやてとの話が終わった途端、アリサが目の前に現れた。いきなりだったから少しびっくりしちゃったよ。
そして私を驚かせるのに成功したアリサは、得意げな顔。やっぱり狙ってやったんだ。

「フェイトにはこの週末に特訓してもらうわ。じゃないと、勝負出来ないもの」
どうやら、今週末の予定が決まったみたい。
確かに管理局のお仕事も入っていないから大丈夫だけど、特訓って一体何をすればいいんだろう?

「ということで……なのは!」
「ふぇっ!? な、なに、アリサちゃん?」
唐突に名前を呼ばれたなのはは、驚いた様子を見せながら、私たちのところへやってきた。
どうやらバタ足の練習をしていたみたい。そういえば、泳ぐのはあんまり得意じゃないって言ってたっけ。

「というワケで、アンタとフェイトで週末にプールに行きなさい」
「と言われましても、話が理解できていないのですが」
確かに突然あんなことを言われても困るよね。

そこでなのはに今までのことを説明すると、ようやく納得してくれたようだ。
でも、まだ何か疑問があるみたい。

「でも、それならわたしだけじゃなくて、みんなも来ればいいんじゃ……
「残念ながらあたしもすずかもお稽古の発表会なのよ。はやてはお仕事だっていうし、」
そういう理由じゃ仕方ないかな。でも、それなら別の日にすればいいのに。

「それに、フェイトが早くプールに入れるようになってもらわないと勝負が出来ないじゃない。
だから、今週末に絶対行きなさいよ」
ぶっきらぼうな言い方がアリサらしい。でもそれもアリサの優しさだって知ってるから。

「ありがとう、アリサ。心配してくれて」
「べっ、別にアンタのためじゃないわよ。
ただ、その、そっそう、ライバルの調子が悪い時に勝っても詰まらないからよっ!」
アリサ、そんなに顔を赤くしてたら説得力が全然ないよ。

「やっぱりアリサちゃんはツンデレさんやねぇ」
「そこ、うるさぁ~い!」
はやてにからかわれたアリサは、余計に顔を紅くした。
本当にありがとうね、アリサ。私、頑張るから。

 

というわけで、私となのははプールに来ている。でも、何回やってもさっきと同じ。
水には入れるようになったけど、すぐにプールサイドに掴まってしまうのだ。
無意識だから余計に辛い。

「大丈夫?フェイトちゃん」
プールの中のなのはが声をかけてきた。そう、これがアリサたちの作戦。
プール中央になのはがいれば、私もプールに行けるんじゃないかっていう作戦だ。
確かに効果はあった。だからこそ、こうやってプールサイドを掴むところまで成長できたのだ。

でも、そこで止まってしまう。そこから先にどうしても行けないのだ。

「頑張って、フェイトちゃん。ほら、ファイトだよ」
「うん、やってみるよ」
もう一度岸に上がってから、プールに入る。

すると、今度は何かが違った。水に入った瞬間、気を失った私が沈んでいく。
そんな見たこともないような映像が頭に浮かんできたのだ。
恐怖を覚えるよりも早く、私の身体は岸に上がってしまう。おかしい、本当にどうしちゃったんだろう。

「フェイトちゃん、今日はもう止めたほうがいいよ。そこまで無理しなくても……
「ありがとう。でも大丈夫、まだ出来るよ」
見かねたのか、なのはが近くまで来てくれた。本当に心配してくれているのが手に取るように解る。
だからこそ、その期待に答えなければならないと感じてしまう。

でもどうすればいいんだろう。いい方法が思い浮かばずにいる私に、なのはがおずおずと提案してくる。

「ねぇ、フェイトちゃん。一緒に入ってみない?」
「なのはと?」
私の言葉にコクンと頷くなのは。

確かにそれは考えていなかった。でも、ひょっとしたらいい方法かもしれない。
なのはと一緒なら、怖さがなくなるかもしれないから。そう考えた私は首を縦に振っていた。

「それじゃ、一緒に入ろ?フェイトちゃん」
そう言って手を握るなのは。不思議だ。それだけで心が落ち着いてくる。

 

先ずなのはがプールに入る。全然問題なさそうだ。
そして、それに続いて私がプールに入る。水に足が触れた瞬間、全身が震えだす。
やっぱりダメ、そう思った時だった。

「大丈夫、怖がらないで。わたしが側にいるよ」
なのはが優しく声をかけてくれる。魔法の言葉は身体の震えを抑え、心を平穏な状態にしてくれた。
そして私の身体はすんなりとプールの中へ入っていく。震えはもう、なかった。

「フェイトちゃん?」
「うん、大丈夫、みたい?」
「よかったぁ~」
そう言うと抱きついてくるなのは。正直嬉しいけど、その、人が見てるから、ね?

「でも、どうして平気になったのかな?」
腕を掴みながら真顔で尋ねてくるなのはに思わず苦笑してしまう。
やっぱり、なのはには自覚がないみたい。

だからこそ、私は意地悪をする。気づいてもらえるように。
「さぁ、どうしてかな?」
当分教えてあげないよ。君が自分でその答えに気づくまで、ね。

 

 

 

「でも、どうしてプールが苦手になったのかな?
やっぱりはやてちゃんが言ったように怖い体験をしたとか?」

その言葉で、ようやく思い出した。はやてに言われたから思いつかなかったんだ。
ううん、なのはだからその答えにたどり着いたんだと思う。

「もしかして、アレかも。その、……スターライトブレイカー」
「あっ……

気まずい沈黙が流れる。
アレは不可抗力だったから別に蒸し返すわけじゃないけど、思い返せば確かにアレは原因になりうる。
というより、確実にトラウマになる。

「その、ごめんね?」
上目遣いで謝ってくるなのは。私はその頭の上にそっと手を載せる。怒っていないことを示すために。

「大丈夫、もう怒ってないから。それに、なのはのお陰で水に入れるようになったんだもん。
だからもう、怒ってないよ」
そう言ってしばらくの間、私はなのはの頭を撫でたのだった。
さっきまではすごく怖いと思っていた水の中で。水の中が心地いいと感じながら。

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