高町ヴィヴィオの夏休み―土用の丑の日編―

7月×☆日(晴れ)

 

St.ヒルデ学院もついに夏休み。
学生最大と言っていいイベントに、わたし、高町ヴィヴィオのテンションも上がろうというものです。

とはいえ、今日はそのテンションも下降気味。
お友達のコロナに用事が入ってしまったために、予定がポッカリと空いてしまったのです。

ママ達もお仕事で家も空っぽ。
アイナさんも今日はわたしに予定が入っていたので、来ないことになっています。

「なんだか、退屈だなぁ」
広い家の中で、わたしの声は誰に聞かれることもなく消えていきました。
でも、それがわたしの偽らざる心境です。
宿題をしようにも、今日やる分はもう終わっています。

これはなのはママが、
『夏休みの最初とか最後にまとめて宿題をやるのはダメだよ。しっかり計画を立ててコツコツやらないと』
と申しましたからです。

ちなみにその言葉を聞いたフェイトママは苦笑いを浮かべていました。
多分、真面目なフェイトママはお休みが始まるとすぐに宿題を終わらせてしまっていたのでしょう。
よく解ります。

そんなわけで本格的に暇な私でしたが、ふと閃きました。
やっぱりこういう時はあそこに行くに限るよね。そう、図書室です。
魔法の訓練やストライク・アーツも好きなのですが、一番好きなものはやっぱり本であるようです。

「あ、そうだ。一応ママたちに伝言を残しとかないと」
今日は早く帰ってくるとなのはママが言っていたのを思い出し、
慌てて伝言メモを残してから学院の図書室へ向かいました。

 

図書室にはあまり人がいません。司書の先生と生徒が数人いるだけ。
尤もそれは夏休みだからではなく、いつもこんな感じなので特に違和感はありませんが。

さぁて、今日はどんな本にしようかな。
考えていると、いつものように司書の先生が声をかけてきました。
入学して以来ずっと通っているので、すっかり顔なじみになってしまいました。

「あら、ヴィヴィオさん。また来たの? 今日は用事があるんじゃなかった?」
「えへへ、お友達に予定が入っちゃって」
「そう、それは災難だったわね。待ってて、おすすめの本を持ってくるわ」

先生は時々こうやっておすすめの本を教えてくれます。
先生が勧めてくれる本にハズレはなく、とても面白いものが多いので今から楽しみです。

「あったわ。はい」

そう言って本を渡してくれる先生の手には1冊の本がありました。
ミッドチルダで根強い人気がある推理小説『クリストフ・シェリング』シリーズの最新作です。

「ありがとうございます。楽しみだったんです。でも、ネタバレしないでくださいよ」
「了解了解。じゃ、私は向こうで仕事があるから」
先生はそう言うと奥の部屋へ行ってしまいました。

お仕事があるのに悪いことしちゃったかな。
先生に少し悪いと思いながらも本の誘惑には勝てません。空いている席を見つけ、本を開きます。
今回はどんな世界に連れていってくれるのでしょうか。
楽しみが膨らむ中、最初の一行を読み始めました。

本を読んでいると時間があっという間に過ぎ去っていきます。今回のお話もとても面白かったです。
まさか、妹さんが犯人だったなんて驚きでした。
しかもトリックもすごくて、いつも以上にお話の中に入り込んでしまいました。
やっぱりクリストフシリーズは面白いなぁ。

 

そんなことを思いながら時計を見るとビックリ。図書室の閉館時間が迫っていました。
ずいぶんと長いこと本を読み耽っていたようです。
名残惜しいですが、先生に挨拶をしてからわたしは家路に着きました。

家に帰ると鍵が空いていました。
チラリとガレージを見ると、フェイトママの車があります。フェイトママが先に帰ってたのかな。

「ただい……
リビングに行くと、フェイトママがなのはママに抱きついていました。
いつも通りのフェイトママのようです。
すごい執務官さんなのに、どうしてなのはママの前だとこうなっちゃうんでしょうか。

見なかったフリをして部屋に戻るのもいいですが、
それだとなのはママが可哀想なので声をかけてあげることにします。

「はぁ~、フェイトママ。娘が帰ってきたんだから、そっちにも気付いてほしいな。
いや、両親の仲がいいのは素晴らしいけどね」
「えっ、ヴィヴィ……痛っぁ~」
わたしの声に驚いたらしいフェイトママは、振り返ろうとして思い切り壁に顔をぶつけてしまいました。

そのフェイトママの向こうにいるなのはママは感謝の視線を送ってきます。

「ヴィヴィオ~、いきなり声をかけてくるなんてひどいよ。ただいま、くらい言ってほしいな」
まるで子供のように鼻をさすりながら、フェイトママが言ってきます。
やっぱり聞こえていなかったみたいです。

「言ったよ。それになのはママは気づいてたし」
「えっ、そうなの?」
フェイトママの言葉に大きく頷くなのはママ。
やっぱりなのはママの前だとフェイトママはこうなってしまうみたい。

それはそうと、さっきからいい匂いがしてきます。一体何なのでしょうか?
少なくとも今までに嗅いだことのない匂いです。

「なのはママ、この匂い何?」
「うん? あぁ、今日は土曜の牛の日だからね。ま、何かは見てのお楽しみということで」
土曜の牛の日? じゃあお肉を焼いているのでしょうか?
でもお肉を焼くときにする匂いとは少し違う気がします。なんだか、少し甘い感じがする匂いです。

「もう少しかかりそうだから、先にフェイトちゃんと一緒にお風呂に入ってきたらどう?
上がる頃には出来てると思うから」
「うん、そうす、」
「うん、そうするよ! 行こう、ヴィヴィオ」

こうしてわたしはなのはママの言葉に答える間もなく、フェイトママにお風呂に連れていかれました。
何か言えばよかったかもしれませんが、あんなに嬉しそうにしているフェイトママを見ていると何も言えません。
わたしもまだまだ甘いようです。

お風呂でたくさんお話をして、リビングに戻ってくると見慣れないものがテーブルの上にありました。
ご飯の上に何か乗っています。これが、さっき焼いていたものなのでしょうか?

「なのはママ、これって?」
「鰻だよ。わたしの国だと、この日に鰻を食べる習慣があるんだよ。夏を乗りきれるように、ってね」
「そうなんだぁ」
鰻は食べたことがないのですが、目の前にある料理はとても美味しそうです。

もう待ちきれません。急々とテーブルに着くと、挨拶もそこそこに鰻を口に入れました。
美味しい、すごく美味しい。甘辛のタレが焼けた鰻とすごくマッチします。

「どう? 上手くできたかな?」
「うんっ!」
少し心配そうな顔をするなのはママに、笑顔で答えます。
だって、本当に美味しいんだもん。自然と笑顔になっちゃうに決まってるよ。

それはフェイトママも同じようで、満面の笑みをなのはママに向けています。っていつものことでした。

 

しばらく夢中で鰻を食べていると、不意にフェイトママが何かを思い出したみたいです。
「そう言えば、土曜の牛の日に鰻を食べるのって、平賀源内って人が始めたんだって。
鰻が売れなくて困ってる鰻屋さんに頼まれて、
『今日は土曜の牛の日』っていう看板を店の前に出したのが始まりなんだって」
「「へぇ~」」
思わずなのはママとふたりして頷いてしまいます。

 

フェイトママがこういう話にすごく詳しくて、実はなのはママよりも地球のことを知ってるんじゃないか、
と思わされます。
でも、今は鰻の味に酔いしれることにしましょう。
だって、すごく美味しいんだから、他のことを考えたら勿体無いよね。

少し多いかな、と思った鰻でしたが、食べ終わると全然そんなことはありませんでした。
本当に美味しくて、スタミナが付いた気がします。確かにこれを食べれば夏を乗り切れそうです。
そういえば、フェイトママのお話が気になります。もう少し詳しく聞きたいな。

思ったら即行動です。わたしはリビングでくつろいでいるフェイトママのところへ行きました。

「ねぇ、フェイトママ。さっきのお話の続きは?」
「続きってわけじゃないけど……実はこの日に食べる物って鰻じゃなくてもいいんだよ。
「う」ってつくものなら、なんでもいいんだって。でも、結局鰻になっちゃうみたいだけどね」

またも豆知識。本当にフェイトママは凄いです。
凄いんですが、娘の前でなのはママに甘えるのは少し自重して欲しいところです。
でも、それがなくなったらフェイトママじゃなくなっちゃう気がするので悩みどころです。

「ふたりとも、デザートだよぉ」
「「はぁ~い」」
ふたりで返事をして、テーブルに戻ります。なのはママはどんなデザートを作ってくれたのでしょうか。
テーブルに着く前からとても楽しみです。

 

またひとつ地球の文化の知識が増えました。でも、もっと知りたいな。
だって、なのはママの故郷のことだから。もっともっといっぱい知りたいな。
そんなことを思った土曜の牛の日の夜でした。

 

 

訂正。どうやら「土曜の牛の日」じゃなくて、「土用の丑の日」だったみたい。
やっぱりなのはママの国の言葉は難しいです。こっちもどんどん覚えていきたいなと思いました。

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