小学校大運動会、ドキドキ二人三脚

「なのは、いくよ」
「うっ、うん」
隣で準備するなのはに声をかける。

その堅い表情を見ただけで、明らかに緊張しているのが解る。
私も隣になのはがいるからドキドキしているけど、なんとかなのはを落ち着かせてあげないと。
そうしないと何も始まらない。

「大丈夫。最初は怖いかもしれないけど、私に任せて」
声を出さずに首を縦に振る。その姿を見て緊張を解すのは無理だと悟る。
仕方ないか、なのはも最初は緊張しちゃうんだろう。ならここは私がリードしなければならない。
目でタイミングを合わせて一回だけ頷く。それだけで私たちには十分だ。

「いくよ。せーのっ!」
掛け声とともに私たちは足を踏み出す。そして、派手に転んだ。
運動会はもう明日なのに、さっきからずっとこの調子。私たちの二人三脚はどうなるんだろう?

「ごめんなさい、フェイトちゃん。わたしのせいで、」
土で顔を汚しながらなのはが泣き出しそうな顔で謝ってくる。責任感の強いなのはのこと。
きっとうまくいかない理由が全部自分にあると思っているんだろう。そんなことないのに。

「平気だよ。それになのはのせいじゃないんだから、そんな顔しないで。ね?」
精一杯慰めるけど、相変わらずなのはの顔は悲しみに暮れたままだ。
このままじゃ練習になりそうにない。
「少し休憩しよう?あんまり根を詰めても仕方ないよ」
「うん……
気分転換させようと休憩を申し出たけど、なのはの応えは歯切れが悪いまま。

ベンチに座るように促しても自分から動こうとしてくれないし、強引に連れて行って座らせても身動き一つしない。
これは、相当な重症みたいだ。
少なくともここまで落ち込んだ、ううん、不安になっているなのはを私は見たことがない。

「ちょっと待っててね、飲み物買ってくるから」
返事がないなのはに不安を感じつつも、私はすぐ側にある自動販売機へ向かった。
こういう時、不安は飲み下してしまうに限る。私は迷いなくスポーツ飲料のボタンを押した。

時間にして2分ほど。
それくらいの時間で何が変わるわけもなく、なのははさっきと全く同じ格好で座っていた。
流石にこのままではいけない。

意を決して俯いている彼女の背後に忍び寄り、その首筋へ冷えたペットボトルを押し付けた。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
刹那、ものすごく可愛らしい悲鳴。空に舞い上がろうかという勢いで、なのはは立ち上がった。

そしてその勢いを殺すことなく、私の方を振り返る。うん、これでこそいつものなのはだ。

「な、な、なな、」
あまりの出来事に興奮しているせいか、言葉がうまく出てこないらしい。

そんなところも可愛いな、なんて思いながら次の言葉を待つ。
なのはの言葉を遮るなんて野暮な真似はしないよ。

「何するの、フェイトちゃん!?」
顔を真赤にしながら、普段の彼女からは想像できないような大声でなのはは叫んだ。

その姿はさながら、威嚇をする小動物のよう。
本人は怒っているんだろうけど、どうしても可愛さの方が優ってしまう。

「ごめんね。でも、なのはが可愛いからつい」
「可愛いって、そんな……、じゃなくて!」

一瞬照れた顔を見せたなのはだったけど、すぐに威嚇モードに再突入。
腰に手を当ててこちらを睨んでくる。本当にごめんねなのは。不謹慎だけど、すごく可愛い。
思わず笑みがこぼれてしまいそうになる。

「どうしてあんなことしたの? もしかしてわたしのせい? わたしがフェイトちゃんに迷惑かけてるから?」
さっきまでの勢いはどこへやら。今度は目に見えて落ち込み始めるなのは。
運動が苦手だから人一倍頑張って、それでも上手くいかないから落ち込んで、
でも自分が悪いって思い込んで。本当に私が大好きななのはだ。
だから私は、そんな心優しい彼女に言ってあげないといけない。

「違うよ」
小さく放たれたその言葉に、俯いていた顔を上げる。
しっかりと目と目を合わせてから、もう一度同じことを言う。

「違うんだよ、なのは。
なのはが落ち込んでたから、いつものなのはに戻って欲しかったから、だからやったんだよ」
「えっ?」
私の答えはなのはの中で予想していなかったものらしく、キョトンとした顔で私を見つめてくる。

コロコロと変わる彼女の表情を見ながら、私は言葉を続けた。
「なのはは正義感が強いから、考えすぎちゃってるんだよ。なのはだけのせいじゃない。
私にだって悪いところがあるよ。だから、もう一度頑張ろう? そうすればきっと出来るよ」
返事はない。それどころか、なぜか唖然とした顔を浮かべ、すぐに拗ねたような顔に変わるなのは。

なのはの百面相は見ていて飽きないけど、私何かおかしなこと言っちゃったかな?
そんなことを考えていると、なのはがポツリと呟いた。
「ずるいよ」
「えっ?」
今度は私がその言葉の意味を理解できなかった。

ずるい? 私が? 頭の中が疑問で埋まっていく。混乱する私に、なのはが言葉を続けた。

「だって、わたしがこんなにドキドキしてるのに、平気そうな顔してるんだもん。ずるいよ」
口を尖らせて言うなのは。まずい、可愛すぎる。
でもなのはがそんなことを思っていたなんて思わなかった。
けどなのはは間違ってる。ドキドキしてたのは、なのはだけじゃないんだよ。

「そうだったんだ。でもなのは、勘違いしてるよ」
そういうと私はなのはの右手を取って、自分の心臓の辺りに押し当てた。
心臓の鼓動がなのはに届くように、強く押し当てる。

「フェ、フェイトちゃん!?」
顔を真赤にしたなのはが声を上げるけど、顔を赤くしたいのは私も同じだ。
こんなことをしてるのに恥ずかしくないわけがない。

「なのは、私だってドキドキしてるんだよ。すぐ隣でなのはが一生懸命走ってるんだもん。
ドキドキしない方がおかしいよ」
偽りのない私の気持ち。

しばらくの間言葉なく私たちは見つめ合った。そして、どちらともなく笑い出した。
「なぁ~んだ、フェイトちゃんも同じだったんだね。あ~あ、悩んで損しちゃったぁ」
「ひっ、ひどいよ。なのはがそんな素振り見せなかったから、頑張って表情に出さないようにしてたのに」

ひとしきり笑い終えた後、私は髪を結いているリボンを解いた。
あの日、あの時になのはと交換したリボンだ。

「なのは、これで足を結ぼう?このリボンなら、絶対に上手くいくよ」
「そう、だね。でも、」
そこで言葉を切ると、なのはもリボンを解く。どうやらなのはも同じ考えみたい。

そのリボンをふたりの足に絡ませると、その上から私のリボンで固定する。
ふたり分の思いが詰まったリボンが二本もあるんだ。これで上手くいかないはずがない。
組んだ肩からなのはの心臓の鼓動を感じる。きっとなのはも私の鼓動を感じてくれているはずだ。
そしてお互いの鼓動がひとつになったとき、私たちは大きく一歩を踏み出した。

翌日、聖祥小学校の大運動会。私となのはのペアは先頭でゴールテープを切った。

「やった!やったよ、フェイトちゃん!」
1と大きく書かれた旗の下で私たちは、大きくハイタッチ。
心臓はこれ以上ないくらいドキドキしていたけど、同時にすごく楽しかった。そんな最高の運動会でした。