愛娘の素敵な心遣い

ある秋の日。親娘3人そろっての朝食は久しぶりで、私たちは時間も忘れそうになるほど話し込んでいた。
でもそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、出勤時間が近づいてくる。
そんな時だった。ヴィヴィオが私となのはに向かって驚くべきことを言ってのけたのだ。

「あ、そうだ。ママたち、今日は早く帰ってこないでいいよ」
「えっ!?」
片付けようとした食器を思わず落としてしまいそうになった。ヴィヴィオが言ったことをうまく理解できない。

帰ってこないでいいって言われた?
確かに最近出張とか多くなってあんまり家に帰ってこれないけど、それはいくらなんでもあんまりだよ。
や、やっぱり私じゃヴィヴィオの親として失格なのかな?

「あ~、フェイトママ。もしかして、ものすっごく勘違いしてる?わたしは早く帰ってこないで、って言ったの。
いつもより30分くらい遅くでいいんだけど」
焦る私にヴィヴィオがもう一度声をかけてくる。
若干呆れたような視線を受け、先程ヴィヴィオが言った言葉を思い出す。
うん、確かにヴィヴィオの言うとおりだ。

「なっ、なんだ、そうだったんだ。よかったよぉ、ヴィヴィオに嫌われたのかと思っちゃった」
やってしまったと思いつつ、安堵からヴィヴィオを抱きしめる。娘に嫌われてなくて、本当によかった。
そんな思いを込めて少し強く抱きしめる。

「大丈夫だよ、フェイトママ。フェイトママを嫌いになるなんてありえないから」
最初は少しだけ身体を強ばらせたものの、すぐに嬉しいことを言ってくれるヴィヴィオ。
我が娘ながら本当にいい娘に育ってくれたと、少しだけ感動してしまう。

「はいはいふたりとも、もう時間がないよ。ヴィヴィオはそろそろ行かないと間に合わないでしょ?」
「あっ、本当だ! ふたりとも約束忘れないでね。それじゃ、行ってきまぁ~す」
なのはに時間を指摘され、慌てて駈け出していくヴィヴィオ。
とてもじゃないけど、St.ヒルデ学院に通っている生徒とは思えない行動だ。

尤も、そっちの方がヴィヴィオらしいけど。って、そんな場合じゃない。
私たちもそろそろ出ないと遅刻しちゃう。

「なのは、私たちも行こう?」
返事がない。不思議に思って振り返ると、そこにはなにやら拗ねたような表情のなのは。

チラチラとこちらの様子を伺いながら、一言。
「ずるいよ、ヴィヴィオだけ」
ここまでされればいくら私でも解る。なのはに近づくと、さっきヴィヴィオにしたように抱きしめた。
最近家を開けることが多かったから、なのはにこうするのは本当に久しぶりだ。

「うん、充電完了。今日もお仕事頑張ろう、ハラオウン執務官」
「了解です、高町教導官」
どちらからともなく微笑み合うと、私たちは急いでガレージに向かった。

長い一日の勤務を終え、胸を高鳴らせつつ駐車場でなのはを待つ。
ヴィヴィオに言われたことを守るため、これから近くの喫茶店で時間を潰す予定だからだ。

待つこと5分、小走りでこちらに向かってくるなのはの姿を確認できた。
「ごめんね、フェイトちゃん。待たせちゃったかな?」
「ううん。私もさっき来たところだから」
軽く言葉を交わすと、すぐに車に乗り込む。
喫茶店で時間をつぶすといっても、あまり遅くなるのはヴィヴィオに悪い。

「なのは、ナビゲートよろしくね」
「うん、任せて」
今日はなのはおすすめのお店に行くことになっている。
桃子さんの料理で育ったなのはのおすすめなら、そうハズレはないだろう。

「よし、しゅっぱぁ~つ」
なのはの声を聞き、私は車を走らせた。短いけど久しぶりのデート、になるのかな?
ヴィヴィオに感謝しないとね。

なのはおすすめのお店は、予想通り綺麗なお店だった。
メインストリートから少し外れたところにあるから人も少ないのも大きな魅力だろう。
店内に入った私たちは、コーヒーと紅茶をそれぞれ注文する。

すると少し時間をおいてから、注文したものがテーブルへと届けられた。
「いい匂いだね、このコーヒー」
「そうなの。それに匂いだけじゃなくて、味もかなりいいんだよ」
なのはの言葉に期待しながら、一口コーヒーを口へ運ぶ。苦味を感じさせない、見事な味だ。
こんなに美味しいコーヒーは翠屋以外で飲んだ記憶がない。

「なのはの言うとおりだ。ものすごく美味しい」
「でしょ? 今度お母さんたちも招待しようと思ってるんだ」
そこからは他愛も無い話が続いた。

なのはと話すのはすごく楽しくて、思わず時間を忘れてしまいそうになるけど、今日だけはそうもいかない。
家では愛する娘が私たちの帰りを待っているからだ。
そういえば、どうしてヴィヴィオは今日に限ってあんなこと言ったんだろう?
もしかして、なのはなら知ってるかな。

「ねぇ、なのは。ヴィヴィオのことなんだけど、知ってる?」
「知ってるよ。この前、はやてちゃんが家に遊びに来たんだけど、その時に地球の話をしたんだよ。
その時に出た話題が、勤労感謝の日だったんだ」
なるほど、ヴィヴィオらしい。こちらの暦だと、その日は私がまた出張に出てしまう日だ。
それも考えて今日に祝ってくれるのだろう。本当に母親に似て、すごくいい娘だ。

「あ、でもわたしが話したってヴィヴィオに教えちゃダメだよ。秘密にしようって、言ってたから」
「大丈夫、絶対に言わないよ」
楽しそうに笑うなのはに、私も笑顔で応える。せっかくヴィヴィオが企画してくれたのだ。
それを台無しにするなんて、私に出来るはずがない。

「ヴィヴィオ特製のディナーも待ってることだし、そろそろ帰ろうか?」
「そうだね。じゃあ行こう」
美味しいコーヒーのお礼をしつつ、私たちは喫茶店を後にした。

いつもより少しだけゆっくりと車を走らせ、家にたどり着いた。家の電気は消えている。
ヴィヴィオったら、脅かす気満々だ。その証拠に鍵もかけてある。

「すごい手の凝りようだね。さすがはなのはの娘、なのかな?」
「それを言ったらフェイトちゃんもでしょ? さ、鍵を開けてあげよう」
なのはに急かされ、ゆっくりとドアを開ける。
と、同時に玄関に明かりが灯り、目の前にヴィヴィオの映像メモが現れた。

これには流石のなのはも驚いたみたいだったけど、その内容に私たちは更に驚かされることになる。

『なのはママ、フェイトママ。いつもお仕事ご苦労様。 わたしは今日はやてちゃんの家に泊めてもらいます。
なので、ふたりでわたしの作ったディナーを楽しんでね。あ、あと、料理の感想は明日でいいからね。
とにかく今日はふたりきりで楽しんでください。 ヴィヴィオより』

不覚にも少し涙が出てきた。まさかここまでのサプライズだなんて、予想していなかった。
本当に、本当にヴィヴィオはいい娘だ。どこに出しても恥ずかしくない、私たちの愛する娘だ。
「ほら、フェイトちゃん。せっかく娘が気を遣ってくれたんだから、楽しもうよ」

すごくいい笑顔を見せながら、なのはが私の手を引く。
言われるまでもない。今日は思い切り楽しもう。そうしないとヴィヴィオに申し訳が立たない。
そう思ったから、私はなのはの手を握り返した。勿論、笑みを浮かべながら。

「あのですね、ふたりとも。楽しんで、とは言いました。
でもハメを外せ、なんてわたしは言った覚えがないんですけど」
「「本当に、申し訳ありません」」
翌朝。帰ってきたヴィヴィオに、ふたりしてこってりと絞られたのは内緒だけど。