突発的接吻症候群?

「わたし、フェイトちゃんとちゅーしたい」

その言葉に私の体は一瞬にして凍りついた。
言葉の意味を理解できず、脳内でその言葉が延々とリピートする。
いきなりすぎて本当に何も考えられない。ちゅー、ってキス、だよね、多分。

落ち着け私。きっとアリサかはやてに唆されてるんだ。そうだ、そうに決まってる。
そうじゃなきゃ学校の帰り道でこんなことを言うわけがない……はずだ。
ならばここでなのはの目を覚ましてあげなければならないだろう。

「えっと、なのは?」
「フェイトちゃんは、イヤ?なのはとちゅーするの」
一撃で轟沈。

お願いだから一人称で「なのは」を使うのは止めて。
自分では解ってないかもしれないけど、その攻撃はアレ以上の破壊力があるんだよ。
しかもこんな道路で使っちゃダメだよ。他の人に聞かれたらどうするつもりなの?

「イ、イヤなわけないけど、その、ここで?」
無言で首を縦に振るなのは。私を捉えるその瞳は、まさに真剣そのもの。
よ、よし、ここまで期待されたら応えないわけにはいかない。
確かに恥ずかしいけど、なのはだって同じはずだ。

「じゃ、じゃあ、いくよ」
既になのはは眼を閉じている。心臓の鼓動が大きくなって、周りの音も聞こえなくなってきた。
もはや目に映るのはなのはの姿だけ。私はその桜色の唇に、自分の唇を重ね、

「って、アンタたちは公共の場で何やろうとしてんのよ!!」
ることが出来なかった。唇同士が触れ合おうとした刹那、後頭部に鋭い痛みが。
振り返らずとも犯人は解る。聞こえたのが関西弁でないから、アリサしかいない。

「酷いよアリサ。私となのはの邪魔をするなんて」
「意味が解らないわ。そっちこそ、人が飲み物を買いに行ってる間に何しようとしてるのよ?」
ジトっとした視線を私たちに向けるアリサ。あまりの威圧感に逆らうことが出来なくなってしまう。

「だ、だって、なのはがちゅーしたいって言うんだよ? それに応えないなんて出来る?出来ないでしょ!?」
「だからってこんな場所でやらなくてもいいでしょ? なのはもなのはよ。はやてにでも唆されたの?」
どうやらなのはを唆してのはアリサではないようだ。
でも次の瞬間、なのはから放たれたのは私の想像を遥かに超えるものだった。

「違うよ。なんだかね、いきなりちゅーしたくなっちゃったの。えへへ~」
ものすごく楽しそうになのはが言う。可愛い、すごく可愛い。
アリサが見てなかったら、抱きしめてあげちゃいたいくらい可愛い。

そんな風に舞い上がっていたからかもしれない。
なのはの顔がいつもより少しだけ赤くなっていることに気付かなかったのは。

「ん? なのは、アンタ少し顔赤くない?」
「にゃはは、そんなことないよぉ~」
なのはは否定するものの、確かにアリサの言うとおり少しだけ顔が赤い。これは、もしかして。

「ちょっとごめんね」
前髪を少し上げて、なのはの額に自分のそれを当てる。
当てること数秒、解ったのはなのはの額はいつもより少し熱いということ。

「いつもより1.4℃高い。ダメじゃない、なのは! 病気なのに無理したら」
「あたしからすれば、おでこ合わせただけでそこまで解るアンタの方が病気だと思うわよ」
アリサが後ろのほうでそう呟くのが聞こえたけど、気にしていられない。
一刻も早くなのはを家に帰らせなければならない。決心してからは早かった。

「じゃあ、そういうわけだから。アリサ、すずかとはやてによろしく」
「はいはい、言っておくわ。とりあえず、帰り道は気をつけなさいよ。それとも車呼ぶ?」
そう言ってくれるアリサを手で制する。その頃にはなのはを背負い終わっていた。
確かに、ここから歩けばかなり時間がかかってしまうだろう。
でも、私たちには奥の手がある。今は緊急時だ。使っても問題ないだろう。

「大丈夫、飛んでいくから」
「あぁ、左様でございますか」
話しながらも、周囲に探査魔法を飛ばして他に人がいないことを確認する。
よし、これなら問題ない。魔力を展開し、バルディッシュに呼びかける。

「バルディッシュ、お願い」
〈Yes,Sir〉
待っていたかのように応える相棒を心強く思いながら、私たちは素早く飛翔した。
ここからならなのはの家まですぐだ。

高町家に到着すると、恭也さんがすぐに出てきてくれた。こういう時に恭也さんの存在はありがたく感じる。
事情を話すと、そのまま中に入れてもらうことが出来た。
なのはを部屋に運びパジャマに着替えさせたところで、恭也さんが温かい飲み物を持ってきてくれた。

「ありがとうございます、恭也さん」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。なのはを運んでくれてありがとう」
そう言って少しだけ微笑む恭也さん。あまりに素敵過ぎるその微笑に、一瞬だけドキリとしたのは内緒。
恭也さんにはファンが多いって聞いてたけど、これなら仕方ないよ。
なのはがいなかったら私も危なかったかもしれないし。

「じゃあ、俺は下にいるから何かあったらすぐに呼んでくれ」
「はい。重ね重ねありがとうございます」
恭也さんが部屋を出ると、途端に静かになった。

暗い中、聞こえるのはなのはの吐息だけ。
声を出すことが許されないと勘違いしてしまいそうな、幻想空間。
その静寂を破ったのは、なのはの声だった。

「フェ、フェイトちゃん、いる?」
苦しそうに私の名前を呼ぶなのは。すぐにベッドに駆け寄り、だらりとした左手を力強く握ってあげる。
するとその左手に力がこもり、私の手を握り返してきた。

「さっきは、ごめんね。いきなり変なこと言い出して」
いきなり謝ってくるなのは。さっき、というのはアレだろう。キスしたい、って言ったこと。
確かに驚いたけど、別に謝るようなことじゃないと思うんだけど。

「別に気にしてないよ。ただ、少しだけ驚いちゃっただけだから」
「ありがとう。でもなんだか、変だったんだ。わたしじゃない誰かが言った、そんな感じだったの。
おかしいよね」
きっと熱が出ているせいで、混乱していたんだろう。
だからあんなところで、あんな事を言ってしまったに違いない。少し残念だけど。

「なのは、何か欲しい物とかある? もしあったら、恭也さんに頼んで、」
「わたしね、フェイトちゃんとちゅーしたいな」
私の言葉を遮って放たれたのは、またその言葉。

でもあの時とは違う。あの時は確かに、なのははどこか夢見心地だった。
だけど今は、私の方をしっかりと見て、自分の言葉で言ってくれた。
なら、私に出来る精一杯をやるしかない。
私がどうなろうと知ったことじゃない。なのはが元気になればそれでいいんだ。

「にゃはは、ごめんね。そんなことしたら、風邪が伝染っちゃうのに、んっ」
悪いことを言うその口を、私の唇で塞ぐ。
風邪で体力が落ちているなのはに私を拒めるはずもなく、されるがままになっている。

永劫とも思える10秒を過ごした後、ゆっくりと唇を離した。
ただでさえ紅かったなのはの顔が、もっと紅くなる。
「もう、フェイトちゃんったら。風邪が伝染っても知らないよ」
「いいよ。なのはが元気になるなら、それで」

そこで言葉を止めてもう一度キス。
伝染れるものなら伝染ってみろ、そう言わんばかりに何度も口づけを交わす。

何度目か解らない口づけの後、不意になのはが微笑んだ。
いつもと違う蠱惑的な微笑に、心臓が跳ね上がるのを感じる。
「もし風邪が伝染っちゃったら、わたしが貰ってあげるから大丈夫だよ」
風邪を引くのをむしろ楽しみに思いながら、私はなのはの側で看病という名のキスを続けたのだった。

翌日から3日間、ふたりそろって学校を休んだのは言うまでもないだろう。