ちいさくなったフェイトさん ―姉ヴィヴィオと妹フェイト

「ただいまぁ!」
元気な声と共に、ヴィヴィオがリビングへ入ってくる。
私はこの時ほど、ヴィヴィオに感謝したことはなかっただろう。

昼食の時にあんな事を言ってしまってから、朝にも増してなのはが絡んできたのだから仕方ない。
あぁ、思い出しただけで恥ずかしい。
原因を作ったのは私だけど。

「おかえりヴィヴィオ」
「うん、ただいま、って、やっぱりフェイトママは子供のままなんだね」
私の姿を見つつ、苦笑いをするヴィヴィオ。

なんだか普通の反応をしてもらえたみたいで、少し安心してくる。
本当は安心したらいけないんだろうけど、さっきまでのさっきまでだっただけにどうしても気が緩んでしまう。

「あれ、そういえばなのはママは?」
「なのはならさっき管理局から連絡が来てたから、部屋で通信してるんじゃないかな」
辺りをキョロキョロ見渡しているヴィヴィオにそう教えてあげると、すぐに捜索をやめて私の方へやって来る。

「大変だった?」
周囲を伺うように小声で尋ねてくるヴィヴィオ。
そんな娘の気遣いは嬉しいものの、少しだけ複雑な気分になってくる。
読まれてるよ、なのは。私たちの行動が、娘に。

「まぁ、それなりにね」
「やっぱり大変だったんだ」
心に思っていることは口にせず、苦笑いをするに留める。
でもヴィヴィオにはその意味が解ったみたい。本当にヴィヴィオは賢い娘だ。賢すぎるのが欠点だけど。

「でもなのはママの気持ちも解るよ。だってフェイトママってば、ものすごく可愛いんだもん」
「そっ、そんなことないよっ。ヴィヴィオのほうが可愛いよ」
予想外の発言に思わず動揺してしまう。まさか母親だけでなく、娘まで同じことを言ってくるなんて。
ヴィヴィオのこういうところはなのはとそっくり。あの母にしてこの娘あり、なのかな。

「はぁ、私もフェイトママみたいな妹がほしいなぁ~」
「えっ? えぇぇぇぇぇぇっ!?」
ものすごい爆弾発言だ。

だって、妹が欲しいってことは、その、そういうことだし。
でっでも、ミッドだと出来ないこともないっていう話を聞いたことがある気が。
そ、そうなったらやっぱり私がパパに……

……イトママ? 聞いてる? ねぇってば!」
「っ!? びっ、びっくりしたぁ~。ダメでしょ、いきなり大声なんて出したら」
自分がとんでもないことを想像していたのを棚に上げ、ヴィヴィオに注意する。
こうでもしないと、さっき浮かんだ変な想像が頭の中に残ったままになりそうだから。

「だって、いくら呼んでもフェイトママってば答えてくれないんだもん。ねー、なのはママ?」
「うん、確かにフェイトちゃん様子がおかしかったよ。もしかしてなのはママが恋しくなっちゃったのかな?」
突然背後から現れた影に為す術なく囚えられた私は、思い切り抱きしめられた。
それは今日一日で何度も経験した力強く、そして何よりも柔らかいなのはの抱擁だった。

「あぁ~、なのはママずるいっ! わたしが帰ってきたら、フェイトママと遊ぶって約束してたのに。
というか、なのはママって何?」
「えへへっ、ヴィヴィオがいない間、フェイトちゃんったらわたしの事なのはママって呼んでくれたんだよ。
ねぇ、フェイト?」
そんなに楽しそうな顔をしながら、同意を求められても困る。
そして何よりも困るのは、なのはが語ったことに嘘がないことだ。否定したくても否定出来ないのが辛い。

「いいなぁ。じゃあフェイトママ、わたしのこともお姉ちゃんって呼んでよ。ねっ、いいでしょ?」
当事者を完全に除け者にして会話するあたり、やっぱり母娘なんだなと再認識させられる。って、えっ?

「ヴィ、ヴィヴィオ、何言って、」
「あぁ~、ダメだよぉ。ちゃんとお姉ちゃんって呼んでくれないと返事しないんだから」

そう言ってそっぽを向いてしまうヴィヴィオ。
見上げればなのははなのはでものすごく楽しそうに笑っている。どう見ても助太刀してくれる顔じゃない。
でも流石に恥の上塗りは嫌だ。何とかヴィヴィオの機嫌を直さないと。

「あの、ヴィヴィオ? ヴィヴィオさん?」
「ふんっ」
ちゃんと声に出してそっぽを向くのは歳相応だけど、やっぱりこっちを振り向いてくれない。

それが演技だっていうのは百も承知だけど、やっぱり娘に無視されるのは心に来るものがある。
仕方ない、ここは最大限の妥協をするしかない。

「ヴィ、ヴィヴィオ姉さん?」
ピクリと反応して見せたけど、それでもこっちを向いてくれなかった。
最大限の譲歩だったのに、あまりに簡単に崩れてしまった。

というか、なのははどうしてそんなに楽しそうなの?
それに、明らかになのはは私がその言語を言うことを期待してるよね。

正面を見れば振り向いてくれない娘、見上げれば楽しそうに微笑んでいる妻。
その場の空気に耐え切れなくなった私は、とうとうその言葉を言ってしまう。

「っ、ヴィヴィオ、お姉ちゃん?」
「何、フェイトマ、フェイト!?」

さっきまでの反応が嘘のよう。ものすごい勢いで振り返ると、瞬く間に距離を詰めて抱きついてきた。
背後にはなのは、正面にはヴィヴィオ。
振り払うことも出来ずに、しばらくの間私はずっと立っているしか出来なかった。

数十分後。何故か私とヴィヴィオは外出準備を整えて玄関に立っていた。
「それじゃあ、行ってくるねなのはママ。ほら、フェイトも」
「えっ!? えっと、行ってきます、なのは」
「ダメでしょ、ちゃんとママって言わないと」

怒られた。やっぱり言わなければならないようだ。本当なら、心のそこから拒否したい。
でもヴィヴィオとなのはに睨まれているこの状況で、断れることがどうして出来ようか。
と自分に言い訳しながらもついその言葉を言ってしまう自分が悲しい。

「行ってきます、なのは、マ、マ」
「はい、行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってくるんだよ?」
「了解。じゃあ行こっか、フェイト?」
満面の笑みを顔に浮かべつつ、私の腕を取るヴィヴィオ。

ずるいなヴィヴィオは。そんな笑顔を見せられたら断れないじゃない。
ヴィヴィオの笑顔に釣られ、私はその手を握り返した。そして私たちが向かったのは、

「トレーニング場?」
家からほど近いところに有る訓練施設だった。
中規模以上の魔法を使うときにヴィヴィオとなのはが使っている場所なのは知ってるけど、どうして?

「えへへ、ちょっとお手合わせをお願いしたいかなぁ、って」
舌を出しながら笑うヴィヴィオは確かに私の子だ。
人の振り見てわが振り直せ、っていうのはこういう時の言葉なんだろうな、
なんて考えつつシグナムとの模擬戦の回数を減らすことを心に刻んでおく。

「でも、そんなことでいいの? 買い物とかのほうがよかったんじゃ、」
「子供の姿なのは今日だけなんでしょ?だったら今のうちにやっておかないと、ね?」
慣れた手つきで受付をしながらヴィヴィオがそんなことを言う。まぁ、いいか。
ヴィヴィオがそれでいいなら、私は親として出来ることをしてあげよう。

ヴィヴィオが常連であったこともあって、私たちは一番奥の訓練場を使うことになった。
この施設の中でも一番大きい場所らしい。

「行こう、クリス」
傍らに浮かぶクリスに声をかけるヴィヴィオ。
一瞬だけ光に包まれたヴィヴィオが大人モードとなって現れた。
それを見届けてから、私も相棒に声をかける

「行くよ、バルディッシュ」
〈Yes,Sir〉
変わることのないその声と共に、私も光りに包まれる。そして光が消えた後、

「この服……。ありがとう、バルディッシュ」
〈Don’t mention it. Incidentally, your power is limited to the AAA grade.〉
お礼には及びません。ちなみに、貴方の魔力はAAA程度に限定されています

どうやらバルディッシュが気を遣ってくれたようだ。
バリアジャケットも魔力ランクも、子供の時の状態になっている。
このバリアジャケットを着ると、あの頃を思い出す。
なのはやシグナム達と全力でぶつかっていた時のことを。

「行くよ、ヴィヴィオ。手加減できないかもしれなから、防御だけはしっかりね」
「了解」
その言葉が開戦の合図となり、私たちの距離は一気に縮まった。

「はぁ……はぁ……、あ、ありがとう、ござい、ました」
肩で息をしながらその場に座り込むヴィヴィオ。
正直なところ、ヴィヴィオがここまで強くなっていたなんて思ってなかった。
本気になって攻撃回避したのも1回や2回のことではない。

「流石、いい先生に教わってるね。久しぶりに、私も楽しかったよ」
それだけ言うと、ヴィヴィオの息が整うのを待つ。
もうすぐ夕飯の時間だ。今日はなのはが腕によりをかけるって言ってたから、少し楽しみだったりする。

「ねぇ、フェイトママ」
ようやく息が整ったのか、ヴィヴィオが声をかけてくる。
でもさっきまでの元気はない。確かに模擬戦の疲れは有るだろうけど、そういう元気じゃない。
どうしたんだろう。

「ごめんなさい、フェイトママのお休みだったのに模擬戦なんて付き合わせちゃって。
わたし、フェイトママにお姉ちゃんって呼ばれたらすごくうれしくなっちゃって、それで、」
なんだ、そんなことで悩んでたのか。

やっぱりヴィヴィオとなのははそっくりだ。そんな細かいことで悩むなんて。
でも、そこがふたりのいいところだってことは私が一番良く知っている。だからこそ私は言うんだ。

「気にしてないよ。ヴィヴィオと模擬戦ができて楽しかったし、それに今日だけはヴィヴィオは私の、」
そこで言葉を止めたのは恥ずかしさからじゃない。ヴィヴィオがしっかりこっちを見るのを確認するためだ。
「お姉ちゃんだから、ね」
ヴィヴィオの顔が一瞬だけ、驚きに満ちる。でもすぐにいつもの可愛らしい笑顔に戻って大きく頷いた。

「そう、だね。そうだよね。あ~あ、妹に負けちゃうなんてショックだなぁ」
「ふふふっ、なのはも待ってるだろうし、そろそろ帰ろうか?行こう、お姉ちゃん」
行きとは逆に、今度は私がヴィヴィオの手を取る。
そしてその手を、ヴィヴィオがしっかりと握り返してくるのが解った。

「ねぇ、フェイトマ、フェイト」
「何、ヴィ、お姉ちゃん?」
帰り道。家路を急ぎながら、ぎこちない様子でお互いを呼び合う私たち。
その様子がお互いに面白くて、少しだけ笑ってしまう。

「また、模擬戦してもらってもいい?」
「喜んで引き受けるよ、お姉様」

たまにはこんな休日も悪くない。隣を歩く一日限りの姉を見ながら、私はふとそんなことを考えていた。