Sweet Songs Ever With You ~君と共に唄う歌~

桃子さんの策略に嵌ってしまった私たちは、会場に到着するとすぐに控え室に通された。
幸いなことにフィアッセさん達とは別の控え室で、使うのは私たちだけらしい。
恐らくフィアッセさんの配慮なんだろう。

マネージャーさんが、中の物は好きに使っていいと言っていたけど、そんな余裕を持つことは出来なかった。
ただただ、今後のことを考えて気が重くなっていたのだ。

「なのは、大丈夫?」
私以上にぐったりとした様子のなのはに声をかける。
だけどなのはは、何も言わずにこちらを向いて笑っただけだった。
無理をして作ったような笑み。なのはが考えていることはよく解る。

「迷惑をかけた、って思ってる?」
「えっ?」
驚いた様子で私を見てくる。やっぱり、そういうことか。

なのはがフィアッセさんを連れてこなければ、私は今ここにいないだろう。
こんなに緊張せずに、ただコンサートを見に来ていたはずだ。だけど、そうじゃ意味がないんだ。
それを伝えるため、私はなのはの手を取った。

「なのはが一緒じゃないと、コンサートに来ても意味が無いから。
だから、なのはが責任を感じることはないんだよ」
「フェイトちゃん……

目の端に涙を浮かべるなのは。その涙をそっと拭ってあげると、私たちの顔はそのまま重な、
「相変わらず、どこでもラブラブやねぇ~」
らなかった。

突如背後から投げかけられた声に、思わず飛び退く私たち。
関西弁を使う知り合いなど、数えるほどしかいない。
そして、こんな風に茶化す人間はひとりだけだ。

「はやて!」
「怒らない怒らない。だいたい、なのはちゃんしか目に入ってないフェイトちゃんもアカンよ?」
怒鳴りながら振り返ると、そこには予想通りはやての姿が。
ただ予想していなかったのは、そこにアリサとすずかがいたことだ。
というか3人とも、今日は用事があるから来れないって言ってたのに。

「どうしてはやてちゃんたちがいるの? 今日は用事があるって」
若干顔を赤らめながら、なのはが訊く。
するとはやては、悪巧みをしているときにしか見せない笑顔をまざまざと見せつけてきた。
その表情だけで、ほとんど理解できてしまう自分が悔しい。

「ま、桃子さんがすごく面白そうなこと考えてたみたいやから、お手伝いっちゅーわけや。
なぁ、アリサちゃん?」
「そういうことよ。騙して悪いとは思ってるけど、アンタたちフィアッセと一緒に歌えるのよ?
これくらいはさせてもらうべきだわ」
はやての言葉を引き継ぎ、頷きながらアリサが言う。

こういう時になると息がぴったり重なるのは相変わらずだ。
基本的にふたりとも、楽しそうなことには積極的になるタイプだから、当然といえば当然かもしれないけど。

「ダメだよふたりとも、そんなこと言っちゃ。
それにアリサちゃんはふたりが心配だからって、わざわざお稽古を休んだのに」
「すっすずか、余計なことは言わないの」
すずかの言葉に顔を真赤にするアリサ。いつも通りの光景を見ていると、自然と緊張も解れてきた気がする。
気付けば自然と感謝の気持ちを言葉にしていた。

「ありがと、」
「感謝するなら、ステージの上からにしなさい。あたし達への感謝の気持ちを込めて歌うこと、いいわね?」
途中まで出かかったその言葉は、アリサによって見事なまでに遮られた。
その言い方もアリサらしい。だから私は感謝の言葉を胸に秘め、大きく頷いた。
するとアリサは満足したのか、続いてなのはの方を向いた。

「で、アンタは?」
「わたし!? えっと、その、がんばります」
突然話題を振られたなのはが、尻すぼみに答える。
だがアリサがそんな返事を許すわけもなく、なのはを睨みつけた。

だけど、突然睨みつけられたなのははオロオロするばかり。
そこに助け舟を出したのは唯一の良心、すずかだった。

「もう、アリサちゃん。なのはちゃん、気にしないでね。わたしたち応援してるから」
「せやせや。鬼のように怒ったアリサちゃんは気にせんで、」
「誰が鬼よ!?」
はやての言葉を遮って、掴みかかるアリサ。

だけどはやてもアリサの猛攻を華麗に避けながら、「鬼や~、鬼がおる~」と連呼してる。
そういうことをするからアリサが怒ると思うんだけど、本人が楽しいならいいか。

「みんな、ありがとう。わたし、がんばるね!」
はやてたちのじゃれ合いを見て気が晴れたのか、なのはがさっきよりもずっと大きな声で、
すごく素敵な笑顔でそう宣言した。
暗い顔をしていたなのはが今日、初めて見せた笑顔。
それを見た私も、釣られて笑顔になってしまう。うん、やっぱりなのはには笑顔が一番だよ。

「よし、合格。じゃあ、頑張りなさいよ。あたしたちが見てるんだから」
ようやく合格を出したアリサが部屋から出て行く。
その後をはやてとすずかが激励の言葉を言いながら出て行った。

さっきまでの喧騒がまるで嘘だったかのような静寂に包まれる。
だけどそれは、心地良い静寂だった。
緊張感から来るものではない、心の高揚からくる一種の武者震いのようなもの。
大丈夫、これならいける。少なくともその時の私はそう思っていた。

コンサートが始まると、私たちは舞台袖からお客さんの様子を見ていた。
そこには見渡す限りの人、ヒト、ひと。
ここに来て私は自分の考えが甘かったことを知った。仮にも世界のフィアッセ・クリステラだ。
こうなることは十分に予測できた筈なのに。

「ふぇ、フェイトちゃん、だ、大丈夫、かな?」
明らかに緊張した様子のなのはが、震えた声を出す。
これだけの人数だ、緊張しないはずがない。勿論、私も。

「な、なのは、こそ、だ、大丈夫? 声が、震えてるよ」
「ふぇ、フェイトちゃんだって、同じ、だよ、あはは」
お互い震えた声のまま、出番を待つ。私たちの出番はコンサートの中盤。

それまでにこの緊張を解すことは、まず不可能だろう。
それでも、お客さんの数に慣れることは出来るはず。
そう思った私たちは敢えてステージ横から見ているんだけど、やっぱり逆効果だったかもしれない。

「どうしよう」
思わず言葉が口から出てしまう。
チラリと隣を見ると、全く同じ表情を浮かべたなのはの姿があった。
一瞬だけ視線が交差するも、この状況を打破できる有効な策は、残念ながら浮かび上がらなかった。

こうしている間も運命の時間は刻一刻と迫ってくるというのに、
頭の中が消去されてしまったかのように真っ白だ。
でも、逃げ出すなんて出来ない。
それが私に課せられた使命であることに変わりはないし、何よりなのはが隣にいる。
なのはの前で弱いところは見せられない。出番は、もうすぐだ。

「じゃあ、ここで私の大切なお友達を紹介します。高町なのはさんと、フェイト・T・ハラオウンさんです」
フィアッセさんに名前を呼ばれ、ついに私たちの出番がやって来た。
スポットライトに照らされながら、ステージの中央目指してゆっくりと歩く。

割れんばかりの拍手に包まれながら、私たちはなんとかフィアッセさんの隣にやって来ることが出来た。
緊張のせいで足はガクガクと震え、喉も乾ききっている。
幸い、私たちは話さなくてもいいらしい。
これで何か話せと言われたら、本当に倒れてしまうかもしれない。

【フェイトちゃん、フェイトちゃん】
フィアッセさんの話を緊張しながら聞いていると、なのはから念話が入る。
驚いて隣を見そうになってしまうけど、ここはステージの上。その衝動を抑え、私も念話で返す。

【どうしたのなのは?】
【あのね、お願いがあるの。さっきみたいにね、手を、握ってほしいの。
そうすれば、緊張が解れるはずだから】
「それじゃあふたりとも、お願いね」
なのはの言葉が終わった瞬間、フィアッセさんの話も終わったようだ。

去り際にウィンクをしていったのは念話の内容を聞かれたのかもしれない。
フィアッセさんにも、そんな力があるから。

舞台が暗転し、世界が闇に包まれる。
その隙に私となのはは距離を詰めて、お互いの手をしっかりと絡めた。
不思議だ。 本当に緊張が解れていく気がする。なのはと繋がっている。
そう感じるだけで、心が穏やかになっていく。これなら、なんとかなるはずだ。

右手に持ったマイクのスイッチを入れ、闇の中でなのはと頷き合う。
そして私は、言葉を、紡いだ。

「始めようここから 旅立ちの時もうすぐ」
歌と共に、私だけがスポットライトに照らされる。
その眩しさに瞳を細めながら、私は歌を唄った。

「日は昇って もう夜が終わるよ」
なのはにもライトが落ちる。一瞬だけ視線が交差すると、同時に微笑んでしまう。

唄い出すと、あれほど感じていた強い緊張も、どこかにいってしまったのだ。
今の私たちはただ、歌うことを楽しむだけだ。
勿論、アリサたちへの感謝の気持ちを忘れない。

励ましてくれたアリサたちへの感謝、舞台を用意してくれたフィアッセさんへの感謝、
そして私にすべての出会いをくれたなのはへの感謝を歌に乗せ、私は唄った。

「「旅立ちに 願いをこめ 祈り 思い うたいゆくから」
出来ることなら、この時間が永遠に続けばいいのに。
なのはと一緒にこんなに楽しく歌えるこの時間を、私はもっと楽しみたい。でも、時間に永遠はない。
だから、私は必死に唄う。君と共に唄う歌を。

「「あなたの胸を あたためるよう Sweet Songs ever with you」」
歌が終わると同時に、私たちは出てきた時以上の拍手に包まれた。

その拍手の中心で私たちは、繋いだ手を掲げて大きく礼をした。
私たちの歌を聞いてくれたすべての人への感謝の気持ちを込めて。