My Bloomy Valentine

聖なる恋人の日。
日本ではそんな風に言われている2月14日の朝、わたしは重い足取りで学校へ向かっていた。

プレゼント用のチョコレートを用意し忘れた、とかそういう理由ではない。
親友たちのチョコレートは毎年用意しているし、何より彼女へのプレゼントを忘れるわけがない。

普段はすごく凛々しいくせに、わたしからプレゼントを貰うときだけは顔を真赤にして照れてしまう彼女。
そして、照れながらも嬉しそうにお礼を言ってくれる彼女。
それがわたしの彼女、フェイト・T・ハラオウンだ。

フェイトちゃんの喜んでる顔を見たいから、わたしは毎年腕によりをかけてチョコレートを作る。
前の年よりもっと喜んでもらいたいから。その一心で今年もチョコレートを作った、はずだった。
「でも、なぁ」
思わず独りごちてしまう。それは、昨日、あんなものを見てしまったからだった。

 

バレンタインを翌日に控えたわたしがすることは、毎年同じだ。
学校から家に戻るとすぐに、商店街の製菓材料店へ向かう。
フェイトちゃんと一緒に行かないのは、何を作るのか知らないでいてもらいたいということもあるけど、
バレンタインはわたしからプレゼントする日だというのが最大の理由だ。

バレンタインプレゼントの代わりに、1ヶ月後のホワイトデーにはフェイトちゃんがプレゼントをしてくれる。
ホワイトデーの翌日はわたしの誕生日だというのも、理由のひとつだったりするんだけど。

「今年はどんなのをプレゼントしちゃおうかな~。えへへ、フェイトちゃん喜んでくれるかな」
彼女の喜ぶ顔を思い浮かべ、顔がニヤけているのを感じながらお店へ急ぐ。
お母さんたちは翠屋の材料を使ってもいいって言ってくれるけど、
やっぱり自分で最初から最後までやりたい。
そうするのがフェイトちゃんへの礼儀だと思っているから。

 

去年作ったチョコレートケーキの事を考えながら、商店街のアーチをくぐる。
そこでわたしはさり気無く製菓材料店の方を見た。
どうしてかは解らない。だけど、わたしは見てしまったのだ。

わたしの視線の先には見知った後ろ姿がふたつ。
ひとりは、楽しそうな笑顔を浮かべているはやてちゃん。
そしてその隣で柔らかな笑みを浮かべているのが、
「フェイトちゃん……
見間違えるはずものない、わたしの大切な人。

はやてちゃんとフェイトちゃんが一緒にいるのは珍しいことじゃない。
問題はフェイトちゃんの手に提げられた、製菓材料店の袋だった。
フェイトちゃんはバレンタイン用にお菓子は用意しない。
貰った分をホワイトデーに返すのが彼女の流儀だから。

なら、はやてちゃんのお手伝い? ううん、それも違う。
だって、はやてちゃんはしっかりと自分の分を持っているから。
そこまで考えたわたしは、想像してしまう。フェイトちゃんがはやてちゃんにプレゼントを渡すシーンを。

「ま、まさか、そんな。そっ、そうだよ。きっと、エイミィさんに頼まれたんだよ。うん、そうに決まってる」
頭を無理やり振って想像を払うと、わたしは自分に言い聞かせた。
そうだよ、フェイトちゃんが材料を買ったからって、フェイトちゃんの物だとは限らない。

何度も何度も自分にそう言い聞かせると、ふたりの方を改めて見る。
だけどもうその後ろ姿は雑踏の中に消えていて、発見することは出来なかった。
そのことに思わず安堵したわたしは、目的を果たすために製菓材料店へ入るのだった。
今見たことをを忘れたい、その一心で。

 

そしてバレンタイン当日の朝、わたしは徹夜して何とかチョコレートを完成させた。
お世辞にもいいとは言えない出来。いや、断言できる。コレは、過去最低クラスの出来だ。
忘れよう忘れようと何度思っても、必ず頭をよぎってしまうあの場面。
そんな状態でお菓子づくりに集中できるはずがない。

持っていかない、という逃げの一手も考えたけど、それでは逆に心配されてしまうのが目に浮かぶ。
わたしの彼女は過保護なのだ。
だからこそ心配されないよう、可能なかぎり丁寧にラッピングしなければならない、そんな時だった。
わたしの携帯が音を立てたのは。この着信音は、フェイトちゃんからのメール。
慌ててわたしは、メールを開いた。

『ごめんね、なのは。今日は少し早く行かないといけないんだ。だから、先に行ってるね』

書かれていた文面に、心臓の鼓動が一気に跳ね上がった気がした。
もしも、もしも昨日想像したことが現実になったら。止めどなく溢れてくる嫌な想像。
それに突き動かされるかのようにラッピング途中のチョコレートを鞄に投げ込むと、家を飛び出したのだった。

 

勢い良く飛び出したはいいものの、やっぱり足取りは重かった。
もしフェイトちゃんがわたしから離れてしまったら。それを想像するたびに、足が重くなる。
それでもわたしは歩くのを止めない。

すべてがわたしの勘違いだということだってありうるのだ。
もしそれで済むのなら、わたしは笑いながらチョコレートを渡せばいい。それだけでいいのだ。

「着いちゃった」
様々なことを考えていたはずなのに、わたしはしっかりと学校へ到着した。いつもより30分近く早い登校だ。
周りには生徒の影はない。これならフェイトちゃんもいないはず。
そう思ってわたしは、教室へ向かった。後は彼女が来るのを待てばいい。そう思っていた。だけど、

「はやて、昨日はありがとう」

先客は、

「本当に助かったよ」

いた。

扉を開けたわたしの眼に飛び込んできたのは、丁寧にラッピングした箱を手渡しするフェイトちゃんの姿だった。
一拍遅れて、彼女と目が合う。もうダメだ。そう思うより早く、わたしは逃げ出していた。
「なのはっ!」
フェイトちゃんの制止する声を無視して。

 

何故人間は無意識の内に高いところへ逃げようとするのだろうか。
背後の足音から逃げようと、わたしがたどり着いた先は、逃げ場のない屋上だった。
最悪、魔法を使って逃げることもできるけど、そろそろ生徒も登校してくる時間。簡単に飛ぶことも出来ない。

そんなことで悩んでいると、屋上のドアが開くのを感じた。振り返るまでもない。
こんなわたしを、息を切らしてまで追いかけてきてくれるのはひとりしかいない。
でも、今はその優しさがわたしの心に深く突き刺さる。

「はぁ、はぁ、なのは、どうして逃げるのかな?」
「どうして? そんなの、フェイトちゃんが一番知ってるじゃないっ!」
違う。こんなことを言いたいんじゃない。
でも一度壊れてしまった心の堤防は、もはや決壊を続けるしかできない。

視界が歪み、フェイトちゃんを直視できない。気づいたときにはもう手遅れだった。
自分の意思とは関係なく、涙が零れる。

「なのは・・・・」
何が起こったのかよく解らなかった。
ようやく理解したとき、わたしはフェイトちゃんに抱きしめられていたから。

だけどわたしは、その腕を振りほどこうとした。今のわたしに、こんなことをされる資格なんてない。

だって、

「離してよっ!フェイトちゃんははやてちゃんを選んだんでしょ!? これ以上、優しくしないでよ!!」
腕になんとか力を入れ、彼女を突き飛ばそうとする。
だけど彼女は決して、抱きしめる力を緩めようとはしなかった。それどころか、どんどん強くなっている。

「離さないよ。私の気持ちを理解してくれるまで、絶対に離さない」
「嘘っ! フェイトちゃんはわたしが嫌いになったんだ! だからはやてちゃんにチョコを、っ!?」
温かいものが口を塞ぎ、わたしの言葉を呑み込む。

それがフェイトちゃんの唇だと気付くまでにだいぶ時間がかかった。
こうされているだけで、ものすごく気持ちいい。そしてわたしは理解する。
やっぱりわたしは、フェイトちゃんが好きなんだ、と。

 

「落ち着いた?」
……うん」
しばらくして、ようやくわたしは落ち着きを取り戻すことが出来た。
さっきまでのことを思い出すと、色々と恥ずかしいけど。

「ごめんね、なのは。はい、これ」
突然フェイトちゃんが、何かを差し出してくる。それには見覚えがある。
それは教室でフェイトちゃんがはやてちゃんに渡していた、あの箱だった。

「少し崩れちゃったけど、ハッピーバレンタイン」
「えっ!?」
思考が停止する。
だって、それはフェイトちゃんがはやてちゃんに渡してたもので、それをわたしにってことは……

「黙っててごめんね。昨日からはやての家に泊まりこんで作り方を教えてもらってたんだ。
いつも貰ってばかりだと悪いし、それに、その」
混乱しているわたしを尻目に、恥ずかしそうに頬を掻くフェイトちゃん。
心なしか、顔が紅くなっているようにも見える。

「なのはをびっくりさせたかったから」
その言葉に何も言えないわたし。
そしてようやくその言葉を理解したわたしは、自然と笑いがこみ上げてきた。
なんてことはない、すべてはわたしの勘違いだったのだ。

「なっなのは!?」
突然笑い出したわたしに驚いたのか、フェイトちゃんが慌てだす。
その様子が面白くてまた笑ってしまう。

しばらくした後、平静を取り戻したわたしは昨日から今日にかけての事をフェイトちゃんに話した。

「ごめんなさい、わたしの勘違いで迷惑かけて」
「ううん。私もちゃんと話さなかったから。私こそ、心配させてごめんね」
ふたりで同時に頭を下げてから、同時に頭を上げる。
そのタイミングがあまりにぴったりだったせいで、思わず笑ってしまった。

うん、これでまた元通り。ならばわたしも渡さなければならない。あまり自信はないけど。

「はい、フェイトちゃん。あんまり上手に作れなかったけど、ハッピーバレンタイン」
元々崩れかかっていたけど、走っているときに完全に崩れてしまったのだろう。
ラッピングは完全に解けてしまっていた。

差し出したのはフェイトちゃんをイメージした黄色と黒の箱。
だけどフェイトちゃんは何も言わずにそれを受け取ってくれた。
いつもみたいに恥ずかしがってくれないのが少し残念だけど、
やっぱり凛々しいフェイトちゃんはかっこいい。

「ありがとう。食べてもいいかな?」
嬉しそうなフェイトちゃんに、わたしは首を縦に振るしか出来なかった。
スラリと長い指がわたしのチョコレートを摘むと、それを口まで運ぶ。
全ての動作が優雅なフェイトちゃんをわたしは見ているしかできなかった。

そして短い沈黙の後、フェイトちゃんが微笑んだ。
「うん、美味しい。流石なのはだね」
「えっ?そんなことないよ。だって今日のは、んっ」
反論しようとしたわたしの唇が再び塞がれる。でも今度は口の中に甘みが広がっていく。
そして気づいた。これは、わたしのチョコレートなんだと。

「ねっ、美味しいでしょ?」
極上の笑顔でそう言われても、正直、味を確認する暇がなかった。
いきなり過ぎてそれどころじゃなかったから。だったら、

「えっと、その、ちょっと解らなかった、かな?」
少々の期待を込めて、わたしはそう呟いた。
フェイトちゃんもすぐにそれを理解してくれたらしく、少し妖しい表情を浮かべて微笑んだ。

「もう、しょうがないな」
チョコレートを咥えたフェイトちゃんの唇が近づいてくる。今日、3度目の邂逅。
それと同時に始業を告げるチャイムが鳴り響いた。だけどわたしたちは気にしない。
甘美な味わいがフェイトちゃんの唇からしっかりと伝わってくる。
チョコレートが溶けきるまで邂逅を続けると、ようやくわたしたちは唇を離した。

「チャイム鳴っちゃったね」
残念そうにフェイトちゃんが呟く。でも、その顔は何かを期待しているようにも見える。
いや、間違いなく期待しているのだろう。だから今度はわたしの番だ。

「フェイトちゃん、もうひとつ、食べたいな」
わたしの発言に大して驚いた様子を見せず、フェイトちゃんは笑った。
「でもこれじゃあ、不良さんになっちゃうよ?」
「いいの。フェイトちゃんが一緒なら、不良さんでも」

そうしてわたしたちは、お互いのチョコレートがなくなるまで、何度も邂逅を繰り返したのだった。

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