恐怖の雪合戦! 追いつめられたフェイト

白い息が白い地面に溶けこんでいく。
一面が白い雪に覆われた世界の中で、私の存在は異質なものなのだろう。
黒いバリアジャケットに身を包んだ私は、白の世界の中で目立ちすぎていた。

私もできることなら、この世界を踏み荒らしたくなどない。
そう思えるほどに、白銀に染まり上がった世界は美しいものだ。

なのだが今は、そんな悠長なことを言っている場合ではない。敵はすぐ側まで迫っている。
注意深く周囲を観察しながら、一歩ずつ慎重に進む。最早、風景を楽しんでいる余裕はなかった。

「っ!?」
反射的に身体を右へずらす。刹那、ものすごい速さで白い何かが私の横を過ぎ去った。
私が避けたその白い何かは、すぐ後ろの木に当たってはじけ飛ぶ。

ぶつかった衝撃で木は大きく揺れ動き、枝に積もっていた雪が一気に地面に落ちた。
バリアジャケットを着てるとは言ってもアレは痛いだろうな、
と場違いなことを考えていると念話が入ってくる。

【フェイトちゃん、大丈夫だった?】
【うん、なんとか。なのはも気をつけて】
なのはに注意を促すと、私は足早にその場を去ったのだった。

事の発端は1時間ほど前。高町家に遊びに行っていた私が、突然の雪見舞われた時から始まった。

「うわぁ~、けっこう積もっちゃったね」
窓の向こうを見ながらなのはが楽しそうに言う。
寒いのが苦手なのに、雪には敏感に反応するその姿は本当に可愛らしい。

「そうだね。でも、こんなに積もると帰るのが大変かも」
「大丈夫だよ。もしもの時は飛べばいいんだから、ね?」
私の心配をよそに、本当に楽しそうだ。
確かになのはの言うとおりだから問題はないんだけど、それにしてもなのはのテンションの上がり方はすごい。
やっぱり雪は人を変える、のかな?そんな風に雪について話していると、後ろから声をかけられた。

「フェイト、帰りは大丈夫か?もしよかったら送っていくが」
恭也さんだ。申し出はありがたいけど、迷惑をかけるわけにもいかない。
それになのはの言ったとおり、魔法を使って帰ることだって出来るわけだから。

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。最悪、飛べばいいですから」
「そういえばそうだったな。じゃあ、雪合戦でもするか?」
すごく自然流れで、何か言われたような気がする。
おかしいな、私の聞き間違いじゃなければ雪合戦って聞こえたんだけど。

「えっと、なんですか?」
「だから雪合戦だ。知らないのか?」
「いや、流石に知ってますけど……どうしてですか?」
相変わらず表情が変化しない恭也さん。

こうして見ていると、本当なのか嘘なのか解らないところがある。
もしかしたら、これも得意の冗談かもしれないのだ。だから改めて聞いたわけなんだけど、

「雪が降れば雪合戦というのが高町家の習わしでな。
美由希などはあまりに雪合戦が好きで、さっき嬉々として準備しに行ったぞ」
そうだったんだ。でもその割になのはは準備してないみたいだけど、もしかしたらこれからするのかな。
だったらあんまり長居しても悪い。

そう思った私が帰り支度を始めようとしたとき、勢い良くリビングの扉が開かれた。
どうやら美由希さんのようだけど、

「って、恭ちゃん何嘘ついてるわけ? だいたい、雪の中の鍛錬をするって言い出したのは恭ちゃんでしょ?」
「それに、家にはそんな習わしはないと思うのですが」
ふたりの反応を見る限り、どうやらまた騙されてしまったみたいだ。
しかし糾弾されている恭也さんは全く表情を変えない。そういう所もまた流石だと思う。

「まぁ、習わし云々は置いておくとしてだ。訓練も兼ねて雪合戦をしようと思ってるんだが、どうだ?」
今度は真剣に悩んでしまう。
帰るのが少し遅くなってしまいそうだけど、やはり恭也さんたちと訓練するというのは魅力的だ。
暫く考えた末、私が出した結論は、

「よろしくお願いします」
訓練だった。そんな私の答えを聞いた恭也さんは楽しそうに笑うと、なのはにも言葉をかける。

「だそうだが、なのはは?」
「う~ん、寒いのはアレだけどわたしも参加する。雪合戦とか、すごく面白そうだし」
という如何にもなのはらしい理由でなのはの参加も決まったのだった。
勿論、私だってこの時点では同じことを考えていた。

もしも時間が戻るならあの時の私に伝えてあげたい。この決定はとんでもない間違いであったと。

八束神社の裏山で雪合戦という名の訓練は始まった。
ルールは簡単だ。1時間恭也さんと美由希さんから雪玉を当てられずに逃げ切ればいい、ただそれだけ。
勿論こちらからの反撃も可能で、
恭也さんたちふたりに雪玉を当てた場合も私たちの勝利ということになっていた。
魔法の使用も当然ながら可能で、飛行魔法と防御魔法以外は全て使っていいことになっている。

このルールなら私たちの圧勝のはずだったけど、現実はそうはいかない。
とにかくふたりとも凄いのだ。探知魔法を全開にして使っているのに、ふたりの居場所が全く解らない。
そのくせふたりはこちらの場所を完全に把握していて、狙いすましたかのように雪玉が飛んでくる。
なんとか30分逃げ続けているけど、正直、心が折れそうだ。

【フェイトちゃん、大丈夫?】
【正直、かなり辛いかも】
なのはがやられたという連絡が入ったのは5分ほど前。
なんでも、気づいたら美由希さんが後ろにいて、そのまま雪玉が直撃したらしい。
流石は美由希さんだ。妹にも容赦がない。

ちなみにその雪玉の威力というと、
【すごく痛かったよ。バリアジャケットの上からでも】
とのこと。

うん、情報は嬉しいんだけど、私まで憂鬱になっちゃうような情報は勘弁して欲しかったな。
そしてなのはからの情報でブルーになった私はといえば、
「はぁ……、はぁ……
追い込まれていた。

さっきからずっと雪玉が私目がけて飛んで来るのだ。
勿論私も雪玉を投げ、ランサーなどの魔法も使っているけど、全く手応えなし。
いよいよ私の敗北も現実味を帯びてくる。

「フェイト、あまり時間をかけるわけにもいかない。次で終わらせるぞ」
どこからか恭也さんの声が聞こえてくる。だけど、場所の特定は難しい。
場所を特定されないように、上手く言葉を出しているからだ。

でも今の私に出来るのはその声から恭也さんの場所を探すことだけ。
慎重に慎重を重ねつつ、周囲を警戒する。そして、ついにその時は来た。

「くっ!」
まずは私の左側からひとつ。それはなんとか身体を捻ることで回避に成功する。
だけど、攻撃の手は緩まない。続いて雪玉がふたつ、回避した方向から向かってくる。

普通なら絶対に躱せない。だから私は魔法を使った。
ソニック・ムーブによる身体強化でふたつの雪玉を躱すと、無理な体勢から私も雪玉を投げ返す。
この一撃が恭也さんに当たることを信じて。でも私が投げた雪玉は空中ではじけ飛んだ。
その先に恭也さんの姿が見える。私の雪玉は恭也さんの小太刀に切り落とされたのだ。

だけど、それに驚いている暇はなかった。
私の雪玉が切り落とされると同時に、恭也さんは雪玉を投げてきていたのだ。
無茶な体勢で雪玉を放った私にそれを回避できるわけもなく、
雪玉は私の肩に当たると同時にはじけ飛んだ。

なのは、少しだけ訂正させて。ものすごく痛い。
バリアジャケットを着てることを忘れるくらいに痛いよ。

「俺達の勝ちだな」
雪の上に大の字になりながら、私は恭也さんの勝利宣言を聞いたのだった。

八束神社に戻ると、なのはが私を笑顔で迎えてくれた。
なんだか、その顔を見れただけで疲れが全部吹き飛ぶような感じだ。

「お疲れ様、フェイトちゃん」
「ありがとう、なのは。やっぱり恭也さんたちはすごいね」
タオルを受け取りながら、恭也さんのことについて語る。
するとなのはは、やっぱりな、という表情を浮かべて私の話を聞いてくれた。

「気にしないほうがいいよ。お兄ちゃんって、少し人間離れしてるから」
「はい、身を以て学びました」
というか恭也さん、なのはにまでそう思われてるんだ。
確かになのはの言うとおりなんだけど、それはそれで少し可哀想な気がする。
それとも、これも一種の自業自得、なのかな?

「でも、楽しかったよ。やっぱりフェイトちゃんと一緒に訓練するのが一番だね」
「私もだよ。なのはと一緒だと、頑張ろうって思えるから」
そんなことを話していると、恭也さんがやって来る。
心なしか、笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。

「ふたりとも、良い訓練だったな。予想以上の動きで少し驚かされた」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん」
「ありがとうございます」
予想外の高評価に私もなのはも、少し顔が緩んでしまう。
よかった、褒められて。これこそ頑張った甲斐があったというものだ。だけど、

「しっかりと休んでおけ。10分後に同じルールでもう一度だ」
その宣言に私たちの顔は凍りついたのだった。

その後しばらく、私たちが雪に対して恐怖を覚えたのは言うまでもないだろう。