Four days after her birthday

3月15日。それは私の大切な人の、とても大切な日。それは勿論、私にとっても大切な日だ。
でも、それなのに、それなのに!

「どうして私は仕事をしてるの!?」
思わず叫んでしまった。

今私がいるのは知り合いの捜査官の巡航艦、そこで私に宛てがわれた部屋だ。
かなり難しい任務のため、私が手伝いに駆り出されたというわけ。

それはいい。それはよくあることだ。
ただ問題は、その期間がなのはの誕生日当日から1週間に渡っていることだった。

正直なところ、私だって断りたかった。だって、なのはの誕生日だから。
その日だけは毎年、何があっても予定を空けてきた私にとって、この任務は拷問でしかない。
でも仕方ない。依頼してきた捜査官というのが、私が何度もお世話になった人だったのだから。

流石にその人に依頼されて断るほど、私もダメな人間ではない。
でも、眼を閉じると浮かんでくる。仕事が入ってしまった事実を、なのはに告げたときのことを。

家に帰った私は当然のことながら、なのはになかなか言い出すことが出来なかった。
なのは自身、翌日の誕生パーティーをすごく楽しみにしているからだ。
そんな彼女の楽しみを奪うような発言がどうして出来ようか?

『フェイトちゃん、さっきから難しい顔してどうしたの? お仕事の悩み?』
よほどひどい顔をしていたのだろう、なのはが声をかけてきてくれた。
確かに仕事の悩みであることには違いないんだけど、それを正直に言いたくない。というより、言えない。

『ううん、何でもな、』
『またそうやって独りで抱え込もうとする。わたしだって、お話聞くくらいは出来ると思うんだけどなぁ』
チラリと私の方を見てくる。どう見ても、話を聞きたがっている顔だ。

もう、こうなったらなるようになるしかない。
覚悟を決めた私は、愛しの妻の顔を見つめながら、事実を話すのだった。

『あの、ね、明日から急な仕事が入っちゃって』
『そう、なんだ……
目に見えて落胆したような顔。

その顔を見て私は思ってしまう。話すんじゃなかった、と。
だけど言葉にしてしまった以上、後戻りは出来ない。ここからは本当に前に進むしか出来ないのだ。

『それで、いつまで?』
『1週間くらい、かな』
私の言葉を最後に、会話が途切れる。
声をかけたくても、罪悪感が邪魔をしてそれもままならない。
私に出来るのは、なのはの言葉を待つことだけ。情けない。

『仕方ないよね』
どのくらい時間が経っただろうか。俯いていたなのはがポツリと呟くように言った。

『仕方ないよ。フェイトちゃんのお仕事は大変だもん。仕方ないよ』
何度も「仕方ない」を繰り返すなのは。上げられたその顔には、笑みが浮かんでいた。
いつも通りのなのはの笑顔。
でも、私には解ってしまう。それが無理をして作られた笑顔であることを。

『なのは、』
『ごめんね、フェイトちゃん。わたし、お風呂入ってくる』
結局それが最後の会話になってしまった。
その後、なのはは私を避け続け私もどことなくなのはを避けてしまったために、話す機会がなかったから。

あぁ、酷い罪悪感だ。今回は明らかに私の責任。私が感じる罪悪感も更に大きくなってしまう。
しかも、今回の任務は極秘扱い。家との連絡すら満足にとることが出来ない状況だ。

もし、もしこれが原因で離婚、なんて事になったら?
いや、離婚とまではいかなくても別居だったら充分にあり得る。

仕事から帰っても誰も私を迎え入れてはくれない。
料理をする気も起きずに、独り寂しくインスタント麺をすする。
それすら嫌になった私が近所のバーで酒に溺れていると、ふと見知った顔が眼に入る。
なのはだ。そして彼女の隣には見知らぬ誰か。やがて酒に溺れている私に気づいたなのはが一言、

『サヨナラ』
そして、彼女は二度と私の目の前に現れることはなかった。

救いようのない未来を想像して、憂鬱になってしまう。いくらなんでも、いきなりそんなことはないはず。
でも彼女の誕生パーティーを欠席してしまったこともまた事実。

この任務から帰ったらたっぷりと絞られるだろう。色々な意味で。
……うん、それはそれでいいかも。マズい、鼻血が出てきそうだ。

「ご、ごめんなさい、なのは。だから、許してぇ!」
「えっと、フェイトさん?」
妙な妄想に浸っていた私は、背後からのその声に驚くあまり、声すら出せなかった。
身体が硬直すること数秒、ようやく動くようになった身体を強引に振り返らせる。
そこには大切な後輩が立っていた。

「ティ、ティアナッ!? こ、これはね、その、」
「大丈夫です。あたしは何も見ていませんし、何も聞いていません」
「うぅ、ありがとうぅぅ~」
ティアナの優しさに胸を撫で下ろす。

よかった、見られたのがティアナで。
そうじゃなかったら、フェイト・T・ハラオウン史上最大のスキャンダルになるところだ。
週刊誌に追い掛けられるのは慣れてるけど、今回は事実なだけに危ないところだった。

「えっと、それで、何かな?」
「フェイトさんへのメッセージを持ってきました。船に乗ってから4日後に見るように、という厳命だったので」
「メッセージ? 誰から?」
私の言葉に答えることなく、ティアナはクロスミラージュを差し出すと、部屋を出て行こうとする。

「ティアナ、どこへ、」
「依頼者の方に、再生時はフェイトさんひとりにして欲しいと頼まれたんです。顔を真赤にさせながら、ね」
ウィンクを残して、ティアナは部屋を後にした。残されたのは私と、手の中にあるクロスミラージュ。
ティアナもああ言ってたし、とりあえず再生してみようかな。

「クロスミラージュ、お願い」
私の問いかけに言葉を返すことなく、映像メモを起動するクロスミラージュ。
そういう無口なところは、なんだか誰かさんに似てるね、バルディッシュ?

待つこと数秒、目の前に映像が映し出される。

『フェイトちゃん、見えてるかな?』
「なの、は?」
そこに写っていたのは、ある意味で予想通り、そして予想外な人物だった。
リビングのソファに腰掛け、こちらをしっかりと見つめているのは、間違えようもなくなのはの姿だった。

『さっきは、ごめんなさい。フェイトちゃんはお仕事なのに、なんだか八つ当たりみたいになっちゃって』
ううん、なのはが謝る必要なんてない。だって、悪いのは私なんだから。
しかし私がいくら主張しても、なのはにその言葉が届くことはない。これは録画なのだから。

『ふふっ、フェイトちゃんってば、またわたしは悪くないって思ってるでしょ?』
……前言撤回。私の考えはなのはにお見通しだったみたいだ。なんだか、妙な敗北感を覚えてしまう。

『まぁ、謝るのはここまでにして、フェイトちゃん?』
「は、はいっ!」
問いかけられて、思わず背筋を正してしまう。解ってる、これは映像だ。
だけど、長年染み付いた癖はなかなか取れない。これはほとんど条件反射のようなものだったりする。

『帰ってきたら、パーティーしよう? ふたりだけで、ね。いいでしょ?』
殊更に「ふたりだけ」を強調するなのは。そんな嬉しい提案を断れるはずはない。

寧ろこれで償いになるのなら、安い物。フェイト・T・ハラオウン執務官、全力を以て当たらせていただきます。

『それじゃあ、残りのお仕事頑張ってください。くれぐれも無茶しすぎないようにね。
……わたしの大事な、旦那様』

映像の締めは、なのはからの投げキス。これで気合が入らないわけがない。
とにかく今は仕事に集中しよう。それが、私が今できる精一杯のことなんだから。

「よし、あと半分。気合入れて頑張るぞぉ!」
気合を入れなおした私は、颯爽とブリッジへ向かうのだった。

「あ、バルディッシュ、クロスミラージュからさっきの映像貰っておいてね。勿論、永久保存だよ」
〈Ye、Yes,Sir〉