教習所レッスンはいかが? ~なのはの決意とフェイトの願い~

「えっ、今なんて言ったの?」
穏やかな朝食時を過ごしていた私たち3人。
いつものように仲良く話をしていると、なのはが何かを思いついたようにこう呟いたのだ。

「わたしも免許取ろうかなぁ」
その言葉に戦々恐々としたのは私の方。別になのはが免許を取ることは問題ではない。
寧ろ、免許は取っておいた方が役に立つことが多いのは、地球でもミッドチルダでも同じこと。

では何が問題なのか。そう、それは、
「でもなのはが免許を取ったら、私が送り迎え出来なくなっちゃうよ」
ということ。

普通の人が聞いたら、「そんなことか」と思うかもしれない。だが私にとっては死活問題だ。
忙しい朝、しかもお互いの時間の都合が合う時だけの限られた時間。

そんな時間を、なのはとふたりきりで過ごす。
車という外界から隔離された空間には私たちしかおらず、それはまさに至福のとき。
この時間を失うのは、あまりに被害が大きい。でもなのはは笑う。

「平気だよ。それにわたしが免許を取っても、フェイトちゃんと一緒に通勤は出来るしね」
そういえばそうか。うん、そうだ。
別になのはが免許を取ったからといって、朝の通勤が出来なくなるわけじゃないんだ。それなら一安心だ。

「それにヴィヴィオも、わたしが免許を持ってたほうがいいよねー? ヴィヴィオの送り迎えも出来るし」
「うん。いつもフェイトママばっかりだと、フェイトママも大変だもん。
それに車を運転してるなのはママも見てみたいし」
どうやら母娘揃ってかなり乗り気らしい。

それにしてもヴィヴィオがそんなことを気にしてくれてると知って、少し感動してしまう。
私は本当にいい娘を持ったなぁ。

「あの、フェイトママ? そんなに見つめられると、照れちゃうんだけど」
「ご、ごめんね、つい」
思わずヴィヴィオを見つめてしまっていたらしい。危ない危ない、こういうのは注意しないと。

「ねぇ、なのはママ。免許取ったらドライブに行こうね」
「うん、任せておいて。なのはママ張り切っちゃうから」
力こぶを作る真似を見せるなのは。確かに自信がないよりは、自信があったほうがいい。
だけど、あまり自信過剰になってしまっても困る。

「なのは、車の免許って結構大変なんだよ」
脅すわけじゃないけど、しっかり言っておかなければならない。私も経験者だからそれはよく解っているつもりだ。
でも当の本人は私の言葉に笑顔を見せる。

「平気平気。ゲームセンターでのわたしの腕前、知ってるでしょ?」
何だろう、この得も言われぬ不安感は。
今までは大丈夫かな、とも思っていたけど、なんだか一気に不安が増してきた。
だけどそんな私の不安をよそに、目の前の母娘は会話を続け、そのまま朝食は終了したのだった。

「あ、フェイトちゃん。なのはちゃんが免許取るって話、本当?」
「えっ? あ、あぁ、そうみたいですけど」
管理局へ通勤すると、早速先輩になのはのことを尋ねられた。一体どこから情報が出回ってるんだろう?
まぁ、大体の想像はついてるけど。

「それでどうなの?」
「どうと言われましても、どういうことですか?」
先輩の言葉の意味が解らず、思わず訊き返してしまう。

すると先輩は、誰かさんに似た笑顔を見せた。
何かすごく嫌な予感がするのは、気のせいであって欲しい。

「ほら、免許って時間かかればかかるほどお金取られちゃうでしょ? 一発で取れそうなのかな、ってことよ」
「そういうことですか。どうでしょうね。 なのはは物覚えがいいですけど、ミッドは厳しいですから」

余談だがミッドチルダの免許講習は、地球のそれと比べてずっと厳しい。
それは多分、私たちが管理局員だからというのもあるだろう。
私も修検と卒検で一度ずつ落ちている。
筆記は完璧だっただけに、あの時はすごく落ち込んだ。

「やっぱり厳しい?」
「正直に言って、そうですね。やっぱり一発は難しいと思います」
なのはの実力を信じていないわけじゃない。でも、やっぱり一発は難しいんじゃないかな。
教習所の教官によると、一発で受かるほうが難しいって言ってたし。

やはり管理局員として一般人の模範とならないといけないから、仕方ないことかもしれないけど。
でも、と思ってしまうのは、やっぱりなのはだからかな。
なのはなら何とかできそう、そう思わせるだけの力がある。

「なるほど。ま、なのはちゃんには頑張ってって伝えておいてね」
「はい、ありがとうございます」
先輩はそのまま自分の席へ戻り、すぐにどこかと通信を始めた。このまま見ていても先輩に悪い。

そう思って席を離れようとしたとき、先輩の前に浮かぶモニターに、見知った髪留めが映っているのが見えた。
あの髪留めは、はやてだ。嫌な予感が続いていた私は、悪いと思いながらも声が聞こえるところまで移動した。

「じゃあはやてちゃん、わたしは2回に賭けるわ」
「こりゃまたアンパイですな~。大穴の一発とか如何です? 総取りですよ~」
何を話しているんだろう。一発とか2回とか。これじゃあさっき先輩と話した、こ、と?

「大穴は遠慮しておくわ。それにフェイトちゃん情報だとやっぱり難しそうだから2回にしとくわ」
「ほいほい、ほな毎度」
なるほど、そういうことか。相変わらずだねはやて、相変わらず過ぎて何も言えないや。
えっと、この時間のはやては部屋にいるのかな。これは少しお説教が必要かもしれないね。うふふふ。

衝動に突き動かされ、気付けば私は八神捜査官室の前へ。そこからそっと中を伺う。
どうやらはやては通信をしているようで、ここまで声が聞こえてくる。

「どや、大穴の一発は?」
相手の声は聞こえないけど、それでもはやての声だけは聞こえてくる。よし、証拠は抑えた。
深呼吸を一度だけして、私は部屋の中へ身体を滑り込ませる。犯罪者のアジトに突入するときと同じだ。

「ええやん。ゲームみたいなもんなんやから。失うものは、食券1食分やろ? せやったらここは一発、」
「一発、何かな?」
私の言葉に、身体をビクリと反応させる。それから通信を切ると、壊れたロボットのような動きで私の方を振り返った。
そんなはやてに私は努めて笑顔を見せた。

「おはよう、はやて」
「お、おお、おはようフェ、フェイトちゃん。ど、どないしたん?」
明らかに動揺しているはやて。少なくとも、自分がいけないことをしていることには、気づいているらしい。
とはいえ、やっぱりやっていいことと悪いことがあるのもまた事実。ここは心を鬼にしないといけない。

「で、どうしてそんなことをしてるのかな?」
「えっと、なのはちゃんが免許を取るっていうもんやから、つい調子に乗って。その、申し訳ありませんでした!」
言い訳しながら、ものすごい勢いで頭を下げるはやて。なんだか私が悪いような気すらしてくる、見事な謝罪だ。
だけど私には解ってる。はやての行動には必ず裏があることを。

「それで、本当の理由は何かな?」
「流石フェイトちゃん。いやね、ミッドの免許って難しいやん?
せやからこうして周囲の予想をなのはちゃんに見せて、やる気を出してもらおうと、そう思ったんよ。
せやから、賭け金も食券1食分。それ以上は受け取ってへん」

なるほど、はやてもはやてなりになのはのことを気にしてくれてたんだ。
らしいといえばらしいけど、とはいえこのやり方はどうかと思う。
はやてのやっていることはギャンブルであることには変わりないのだから。

「はやて、今度からは、」
「はい、以後一切このような行為はいたしませんっ!」
関西弁を封印し、直立不動で敬礼までしてくるはやて。信じても、いいのかな?
でも念には念を入れておく必要がある。何しろ、相手はあのはやてなのだから。

「今度こんなコトしてるのを見つけたら、絶交だからね」
「了解いたしました、フェイト・T・ハラオウン執務官殿」
最後のウィンクが余計だったけど、多分信用しても大丈夫だ。はやてもこういうところで嘘を言うような娘じゃない。
親友となって何年も経つのだからそれくらい解る。本当になのはの事を想っての行動だったはずだ。
ならこれ以上責めるのも酷というもの。

「はやて」
「な、何?そんな怖い顔して」
そんなに怖い顔してたかな。私的には笑顔を見せたつもりなんだけど、上手くいかなかったみたいだ。
まだまだだな私も、と、そうじゃなかった。もうすぐ仕事が始まってしまうのだから、手早く済ませないと。

「私は、一発に賭けるよ」
私は信じてるよ、なのはが一発で免許を取れるのを。

こうしてなのはの教習所生活が、幕を上げるのだった。