Learn wisdom by the follies of others ~最高の相棒~

人間体となったレイジングハートとバルディッシュを連れ、街へ出た私となのは。
だけど今私たちは、途方に暮れていた。
特に計画もなく家を飛び出したのだから自業自得かもしれないけど。

「なのは、如何しますか?」
「う~ん、ごめんね。何も考えてなかったよ」
レイジングハートの言葉に、力なく答えるなのは。

かと言って私も私で特に有効な策は見いだせずにいた。
というか私の場合、勢い余って朝食も食べずに出てきてしまったのだ。
正直お腹も空いてきたし、まずはどこかの店で軽く食事、かな。

「とりあえず喫茶店かどこかで食事はどうかな? 私、朝御飯まだだから」
「ごめんね、突然おじゃましちゃって」
何気なく言ったことがなのはの気に留まったのか、すぐに謝罪の言葉を述べるなのは。
まったく、なのはは相変わらずなんだから。私はそんなことを思ってるわけじゃないのに。

「謝らないで。私だって、いきなりバルディッシュが隣にいたらなのはのところに駆け込んじゃうだろうから」
「ありがとうフェイトちゃん」
申し訳なさそうな顔から一転、笑みを浮かべるなのは。
うん、やっぱりなのはは笑顔のほうがよく似合ってる。
私はいつだってその笑顔に心を癒されているのだから。

「フェイト、そろそろ行きませんか? 流石に道の真中では目立ってしまいます」
なのはの笑顔で頭がいっぱいのところに、バルディッシュが声をかけてくる。

どこか気品ある声に促されて周りを見てみると、少なくない数の人に私たちは見られていた。
自分たちの状況をその一瞬で理解した私となのはは、同時に顔を真赤にし、その場を後にしたのだった。

「なのは、待ってください!」
「フェイトも。このまま置いていかれては困ります」
私たちを追いかけてきたふたりの声で、もっと目立ってしまったのは誤算だったけど。

 

「それでふたりはどうしたいのかな?」
喫茶店で軽めの朝食を摂った私は、コーヒーを飲んでいるふたりに話しかけた。
ふたりとも飲み方がすごく様になっていて、少し格好いいと思ってしまう。

「そうですね……やはりおふたりと同じように過ごしてみたいです」
「私もレイジングハートと同じ意見です」
コーヒーカップをソーサーに乗せながら、ふたりは優雅に語る。

私たちと同じように、か。実を言えば、私たちにもよく解っていない。
ただ、隣になのはがいる。それだけで幸せなのだから。

「じゃあふたりとも、わたしたちの真似をしてみたらいいんじゃないかな?
ふたりなら、わたしたちのことを誰よりも見てくれてると思うし」
「そうだね。私たちと同じように、って言われてもよく解らないからね。それがいいと思うよ」
なのはの助け舟に、思わず同意してしまう私。

よく考えてみればその方法が一番だ。
それに私も、自分がどんな風に見られているのかについては少し興味がある。

「そう、ですか? それではおふたりの喫茶店での行動を再現してみますね。
バルディッシュ、準備は大丈夫ですか?」
「勿論。いつでもどうぞ」
そう言うとレイジングハートは店員さんに何か注文した。

声が小さくて注文したものを聞き取ることは出来なかったけど、答えはすぐに解った。
この店おすすめのチョコレートケーキだ。でも、ひとつというのが気になる。
バルディッシュの分はいいのかな?
と思っていた私は次の瞬間、驚愕の事実を突きつけられることになる。

「では、バルディッシュ、あ~ん」
「あ、あ~ん」
「ぶっ!!」
思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
しかもその衝撃で、コーヒーが入ってはいけないところに入ってしまった。

「ケホッ! ……ケホッ!」
「だっ、大丈夫フェイトちゃん?」
咳き込む私の背中をなのはが優しくさすってくれた。
バルディッシュたちもケーキを食べるのを止め、こちらを心配そうに見てくれている。
それはすごくありがたい事だけど、私の頭に浮かんでいたのはたったひとつのことだけだった。

端から見ると私たちって、こんなことをしていたんだ。

 

しばらくしてから喫茶店を出たけど、そこからふたりは律儀にも私たちの行動を完璧にトレースし始めた。

例えばふたり並んで歩くとき。レイジングハートが両手をバルディッシュの右手に絡めながら歩く。
これはよくなのはが私にやってくることだけど、ふたりに見せられるまで意識したことはなかった。

例えばクレープを食べるとき。
バルディッシュの頬に付いたクリームをレイジングハートが人差し指で掬いとり、そのまま口にする。
恥ずかしいとは思っていたけど、まさかこれほどとは思わなかった。

これ以外にも、私の想像をはるかに上回る量の驚きがあった。
そしてそれを見せられる度に私はさっきの言葉を思い浮かべてしまう。これはまさに、アレだ。

「人の振り見て我が振り直せ、ってことかな?」
「うん、そうだね」
見ているこっちが真っ赤になるようなふたりの行動を見せつけられ、私となのはは堅く決意するのだった。

 

楽しい時間はあっという間。ふたりの行動に顔を赤くしているうちに、そろそろ日没時間が近づいてきた。
ふたりも当然解っているだろうけど、一応声をかけてみる。
楽しくて時間を忘れていたら、それはそれで嬉しいから。

「ふたりとも、そろそろ、」
「心得ています。ですが、最後に行きたいところがあります」
私の言葉を遮ったレイジングハートの眼は、誰かにとてもよく似た、どこか優しい眼をしていた。
やっぱりデバイスもマスターに似るのかな。

「それで、どこに行きたいのかな?」
なのはの言葉にふたりはすぐに答えを出さなかった。言うのを躊躇っているのではないことはすぐに解った。
だってふたりともすごくいい笑顔をしていたから。そしてふたりがその口を同時に開く。

「「……おふたりの『はじまり』の場所へ」」
ふたりが同時に言ったその場所は、ある意味当然といえば当然の場所だった。

 

日没が迫る中、私たちはあの場所へたどり着いた。私となのはの「始まり」の場所、海鳴臨海公園。
既に真赤な太陽の半身が、水平線の向こうへと消えている。残された時間は、もうわずかだ。

「今日は楽しかったかな?」
夕日を背に、なのはが尋ねる。とても穏やかな表情で、ふたりのことを見つめるなのは。
レイジングハートたちも、しっかりと私たちを向いて笑みを浮かべると、やがて大きく頷いた。

「勿論です。おふたりと同じように過ごすことが出来、本当に楽しい一日でした」
「人間の生活というものを、ほんの少しだけ理解できたような気がします。本当にありがとうございました」
「ちょっと待って」
頭を下げようとするふたりを慌てて制する。

普段ならばそれでもいいかもしれない。
だけど、今日はそれじゃいけない。今の私たちはマスターとデバイスではなく、

「今日はふたりとは友達だから。そんな風に恭しくしないで、ね?」
「うん。フェイトちゃんの言うとおり。もう少し軽い感じでいいんだよ」
突然私たちに言われたふたりは、やはり逡巡したような表情を浮かべる。

だけど私たちの意志の強さは誰よりも知っているふたりだ。
すぐに撤回するつもりはないことを理解し、ふたりとも最高の笑顔を見せくれた。

「ありがとう、なのは」
「ありがとう、フェイト」
その言葉を聞いて、私たちもまた笑顔になってしまう。

それが合図となったのか、それとも単純に時間が来ただけなのか、ふたりの身体が光に包まれる。
レイジングハートは桃色、バルディッシュは金色。私となのはの魔力光と同じ色だ。

「時間、のようですね」
バルディッシュが呟いた。
その言葉に少しだけ寂しさのようなものが混じっているように聞こえたのは、私の気のせいだろうか。

「何か変な感じだよね。ふたりとも、もとに戻るだけなのに」
「わたしも同じ気持ちですよ、なのは」
そう言うとレイジングハートはなのはの頭を撫でる。
魔力結合が解け始めている今、もう物理的な接触は出来ないはず。
だけどなのははすごく幸せそうな表情を浮かべている。

「フェイト」
ふたりに気を取られていると、バルディッシュに声をかけられた。

突然のことに慌てて振り返ると、バルディッシュは穏やかな笑みを浮かべ右手を差し出してくる。
一瞬驚いてしまったけど、こっちのほうがバルディッシュらしいか。
私は光を包み込むように、自分の右手を彼の右手に重ねた。

「本当にありがとうございました。我侭を聞いていただいて」
「お礼を言うのは私たちだよ。ふたりと一緒で本当に楽しかったよ。ありがとう、バルディッシュ」
……Yes,Sir」
結局いつものバルディッシュに戻ってしまった。でもそれもまたバルディッシュらしい。

私たちが言葉を交わしていると太陽は水平線の向こうへ完全に隠れ、ふたりの輪郭が徐々に消えていく。
私たちもふたりから少しだけ距離を置き、その光景を見ていた。
「Master!」
「Sir!」
ふたりの姿を見つめていた私たちに、最後の言葉が投げかけられる。

表情はもう見えない。だけど解る。絶対に、これだけは確実に言える。ふたりは笑顔だったに違いない。

「「貴女は最高のマスターです」」

光が完全に消え、残されたのは待機状態に戻った2機のデバイス。
それを丁寧に拾い上げた私たちもまた、ふたりに言葉を返すのだった。

「「ありがとう。あなたも最高の相棒だよ」」

 

 

「それで、フェイトちゃん」
臨海公園からの帰り道、突然なのはが声をかけてくる。
「何、なのは?」
「バルディッシュが最高の相棒なら、わたしは?」
笑顔だけでも可愛らしいのに、その上上目遣いとあってはもはや反則的だ。

だから私が少しだけ大胆になってしまっても、仕方ないだろう。
うん、しょうがないんだ。言い訳を心の中で済ませ、私はなのはの唇を奪い去った。

「んっ……、ちょっとフェイトちゃんっ!?」
暗くて解らないけど、なのはの顔は真赤に違いない。私がそうなんだから当然だ。
とはいえ、お姫様を怒らせたままにするのは良くない。しっかり教えてあげよう、私の答えを。

「なのははね……最高のパートナーだよ」
そして私はもう一度、なのはの唇を奪うのだった。

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