桜並木の部活勧誘

桜の舞う並木道。その中を私となのはは歩いている。
真新しいブカブカの制服に身を包みながら、私たちは話していた。
入学してから2週間ほど経った、中等部のことを。

「なのは、学校にはもう慣れた?」
「う~ん、慣れたって言うか、そのまま進級しただけって感じだからあんまり実感が沸かないかな」
頬を掻きながら、はにかむなのは。その様子がブカブカの制服と相まって、ものすごく可愛らしい。
抱きついていいんじゃないか、とも思える可愛さだ。いや、きっとそうに違いない。

私がそうしようとなのはに近づいたとき、その予兆は突然やってきた。
慌ててなのはから距離を取ると、これからやって来るであろう波を待ち受ける。
私の突然の奇行に、何が起こっているのか解らない様子のなのは。
だけど事情を説明する間もなく、その人達は現れた。

「ハラオウンさん、考えてくれた? 硬式テニス部のこと」
「やっぱりハラオウンさんは背も高いし、バスケ部よね?」
「ソフトボール部もいいと思うよ。ハラオウンさんって、すごく格好いいし」
現れたのは中等部の各部の部長たち。

どこで情報を手に入れたのか、入学した日から毎日のようにこうして追い掛けられる日々が続いている。
必要としてくれているのはすごくありがたい。でも、私には仕事があるのだ。
助っ人くらいなら引き受けられるかもしれないけど、放課後普通に部活というのは無理がある。

それに放課後はできるだけなのはと一緒に過ごしていたいというのが本音だ。
管理局の仕事も増えてくるだろうし、下手をすれば学校でしか会えない日だってあるだろう。
だからこそ、私は放課後を大切にしたいのだ。

「いえ、だから私は、その、」
「解ってるよ。だけど、ウチにはハラオウンさんが必要なの。ね、週1でもいいからさ」
何部か解らない部長がそう言ってきた。私が断ろうとすると、こんな感じで逃げ道を塞がれてしまう。

個人的には、部活というものは毎回参加しなければ意味が無いと思っている。
そうじゃなければチームワークなんて生まれるはずもないし、何より軋轢が生まれる可能性だってある。
だからこそこうして断ってるわけなんだけど、先輩たちはどうしてもそれを聞き入れてくれない。
聞き入れてくれてたら2週間も勧誘をしてこないと思うけど。

「あ、もしかして」
先程の部長が何かに勘づいたように眼を細めた。そして私に近づいてくると、耳元で囁くようにこう言った。

「ハラオウンさんが放課後ダメな理由って、あの娘?」
「なっ!?」
思わず声を上げてしまう。

ニヤリと笑う彼女の視線の先には、この状況を前に立ち尽くしているなのはの姿が。
舞い散る桜の中にひとり立っているなのはの姿はどこか幻想的で、すごく儚く見えた。じゃなくて、

「ち、違います。何を言ってるんですか!」
「あ~、そんなに全力で否定されると、こっちが困っちゃうんだけど」
さっきまでの勢いはどこへやら、部長さんたちはこぞって残念そうな表情を浮かべている。
何が何だかよく解らないけど、どうやら納得してくれたらしい。

「ごめんなさい、無理に勧誘しちゃって。彼女さんにも謝っておいてね」
「か、かか、かかか、彼女!?」
仰天発言に声が裏返る私の様子が面白かったのか、部長さんたちは笑いながらその場を後にした。

残されたのは恐らく真赤な顔をしているであろう私と、嵐が突然去ったことに驚いているなのはだけだった。

 

立ち尽くすこと数分、私の顔は未だ火照りが冷めずにいた。
さっきの部長の言葉が頭の中でループしていたからだ。

「フェイトちゃん、どうしたの?」
「えっ!?」
いつの間にか隣に立っていたなのはに声をかけられた。その声に驚いた私は大声を出してしまう。
だけど驚いたのはなのはも同じようだった。

「びっ、びっくりしたぁ。いきなり驚かせないでよぉ」
胸に手を当て、驚いたことをアピールするなのは。
なんだかその様子が可愛らしくて、私の火照りも冷めてくるような気がした。

「ご、ごめんね。いきなりで驚いちゃって」
「それならいいけど、それにしても大変だね。フェイトちゃん、人気者だね」
なのはに笑顔でそんなことを言われたら、悪い気はしない。だけどなのはの言葉は続く。

「それで、何部に入るか決めたの?」
今度は少し寂しそうに言うなのは。多分、さっきの話が聞こえていなかったのだろう。
なのはの中では、既に私が何かの部活動に入ることが確定しているようだ。
それなら、少し意地悪をしてみようかな。

「うん、決めたよ」
その言葉に、なのはの表情が更に寂しげなものに変わっていく。

「それじゃあ、放課後はあんまり一緒にいられないね」
どうやら私と同じことを考えていたようだ。そろそろ安心させてあげようかな。あんまり引っ張ると後が怖いし。

「私が入る部活はね、」
私の次の言葉を待つなのは。なんだか餌を待つ小鳥みたいにしているのがすごく可愛らしい。

「放課後は時間の許す限りなのはと過ごす部活、なのは部だよ」
「えっ、それって?」
唐突すぎて私の言葉が理解出来ないみたい。

でも暫くすると、その言葉の意味を理解したらしく、なのはは一回だけ大きく頷いた。
その顔には勿論、笑顔が浮かんでいた。

「なんだ、心配して損しちゃった。でも嬉しいな、フェイトちゃんがそう言ってくれて」
「当然だよ。私には部活より、なのはと一緒の時間のほうが大事だからね」
言いながら私は、恥ずかしさを隠すためになのはの手を取る。
なのはもそれに倣うように、私の手を優しく握り返してきた。掌から伝わってくる彼女の温もり。
この大切な時間だけは譲れない。そう思いながら私は、いや私たちは桜並木を再び歩き始めたのだった。

 

 

「あ、そうだ」
桜並木ももうすぐ終わる頃、不意になのはが何かを思い出したかのように言った。

「どうしたのなのは?」
「わたしも部活に入るんだった。伝えてなくてごめんね、フェイトちゃん」
告げられた突然の事実に私の目の前が真っ暗になる。

え、だって、なのはは部活に入らないんじゃ。いや、それは私の勝手な思い込み。
なのはだって入りたい部活があったのかもしれない。もしそうなら、私がとやかく言えるものではない。
残念だけど、認めざるをえないだろう。

「それで、何の部活に入るの?」
努めて冷静に尋ねたつもりだ。だけどその声は自分でも解るほど震えていて、なんだか情けなくなってくる。
するとなのはの表情に笑みが浮かんだ。

「ふふっ……、フェイトちゃん部だよ」
そしてふたりだけの新しい部活の入部記念に、私たちは笑いあうのだった。
これからも一緒に楽しく過ごせることを願いながら。

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