Learn wisdom by the follies of others ~相棒→友達?~

微睡みの中、私は漂っていた。起きているような、眠っているようなそんな微妙な状態。
私はそんな状態が好きだった。幸い、今日は学校も仕事も休み。
もう少しこの心地よい空間を堪能することにしよう。

そう決めたはずなのに、決めたはずだったのに、
……イト様、フェイト様」
どうして私の身体は揺すられているんだろう。

今日が休日であることはアルフ達にも伝えてある。
その上で起こさないように言っておいたのに、どうしてこんなことになってるのかな。

「フェイト様、起きてください」
「ん~、アルフ、もう少し寝かせ……フェイト様?」
アルフをあしらうつもりの私だったけど、そこで違和感を感じた。呼び方だ。

「フェイト様」と呼ぶ人は私の周りでも数えるほどしかいないし、その人達がこの家にいるとは考えにくい。
じゃあ一体誰が? そのことが気になった私は、好奇心に負けてつい眼を開いてしまった。

「ようやくお目覚めですか、フェイト様?」
言葉が出なかった。私の顔を覗き込んでいるのは、全く覚えの無い女性だったからだ。

誰かを思い出させるような栗色のロングヘアに、白地にピンクのラインが入った管理局の制服のような服。
いくら記憶を辿ってみても、私の記憶に該当する人物はいない。
とはいえ、このまま名前を呼ばないわけにもいかないだろう。
失礼である自覚はあったものの、目の前の彼女に名前を尋ねた。

「すみません、どなたですか?」
「これは申し遅れました。わたしはレイジングハートですよ、フェイト様」
寝起きで頭が回転していないのかと思った。
だって彼女が言った名前は、なのはのデバイスの名前だったのだから。

高ぶる鼓動を沈めるために、私は何度か深呼吸をする。
……よし、落ち着いた。

「ごめんなさい。もう一度お名前を聞いてもいいでしょうか?」
落ち着いたところで再び名前を尋ねる。願わくは、私の聞き間違いであって欲しい。
でもその願いは、儚くも散ることとなるのだった。

「ですから、わたしはレイジングハートです」
「えっ? えぇぇぇぇぇっ!?」
その朝は、私が生涯忘れられないような目覚めになったのだった。

 

まだ頭に混乱が残っていたけど、何とか私は身だしなみを整えてからリビングへ向かうことに成功した。
レイジングハート―あまり認めたくはないけど―がいるということは、なのはがいる可能性が高いのだ。

身だしなみを整えるのは当然だろう。こんな状況でも冷静に考えられている自分が少し悲しい。
そんなことを思いながらリビングの扉を開けると、ある意味では予想通りの人物が私を迎え入れた。

「Sir、お早うございます。なのは様がお見えになっていますよ」
「うん、おはよう。えっと、バルディッシュ、だよね?」
その質問に笑顔で頷いたのは、金のミディアムヘアに黒いスーツの男性。
顔立ちがどこか恭也さんに似ているその人は、紛れもなくバルディッシュだろう。
もしかして夢を見てるのではないかという気にすらなってくる。

「Sir、どうかなさいましたか?」
「あっ、ううん、なんでもないよ」
思わず呆けてしまっていたらしい。
恭也さん似の顔に見つめられ少し恥ずかしい気持ちになりながら、
私はソファの上で手持ち無沙汰にしているなのはに近づく。

「あっ、フェイトちゃん、おはよう」
「おはようなのは。これって、」
そこで言葉を止める。私の言葉になのはがいち早く首を左右に振ったのだ。

「やっぱりなのはも?」
「うん。わたしもレイジングハートに起こされて、すぐにフェイトちゃんの家に来たんだ」
不謹慎だけど、嬉しくなってしまう。だってなのはが一番に私を頼ってくれたから。
そのことが私の胸を熱くする。

「そうだったんだ。でも、いきなりで驚いたんじゃない? 桃子さんたちだって」
「ううん。何かお母さんたち、レイジングハートとすごく馴染んじゃって」
苦笑を浮かべながらなのはが言った。
その顔から、レイジングハートと朝食を共にしている高町家を想像してしまう。

ごめんね、なのは。全然違和感がないや。桃子さんとレイジングハートの会話すら想像できてしまう。

『いつもなのはがお世話になっております』
『いえ、こちらこそマスターにはいつもお世話になっております』
なんていう会話が成立していたに違いない。

そしてその隣で、恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯いているなのはの姿まで想像できる自分が怖い。
でも、概ねこんな感じだったんだろうな。

「Sir、コーヒーをお持ちしました。なのは様にも」
「あ、ありがとう」
高町家のことを考えていると、突然バルディッシュに声をかけられた。
爽やかな笑顔を見せるバルディッシュはすごく格好いいんだけど、やはりまだ慣れることが出来ない。
なんとかコーヒーは受け取れたけど、違和感のほうが強かった。

とにかく状況確認をしなければ。
バルディッシュが淹れてくれたコーヒーを一口飲むと、私は話を切り出す。

「それで、どうしてこんなことになっちゃったのかな?」
途端に空気が重くなる。バルディッシュに浮かんでいた笑みも、今は隠れてしまう。
とはいえ私たちが状況を把握出来ていない今、頼れるのはレイジングハートとバルディッシュだけ。
話してもらわなければ困ってしまう。

「もしかして、言いづらい事なの、かな?」
「いえ、そういう訳ではないのですが」
なのはに声をかけられたレイジングハートもまた困ったような表情を浮かべ、口を噤んでしまう。

正直なところ、少しショックだ。自分の相棒に隠し事をされているんだから。
でも言いたくないことを無理やり言わせることはしたくない。
取るべき道を見つけられず悩んでいると、突然通信が入った。相手は、エイミィだ。

「はい、フェイトです」
『あ、フェイトちゃんおはよう。起きてたんだね、よかったよ。
そっちにレイジングハートとバルディッシュが行ってないかな?』
その言葉に通信ウィンドウを一瞬だけふたりの方へ向け、それを答えとする。
するとエイミィは楽しそうに笑い出した。

『あぁ、そっかそっか。ふたりとも我慢できなかったんだね。いやぁ、焦っちゃったよ。
出勤したらふたりともいないんだもん』
「って、エイミィさんは知ってたんですか? レイジングハートたちがこうなってるのを」
なのはに問い詰められたエイミィは、特に悪びれた様子も見せずに大きく頷く。
私はそこでようやく、今回の一件にエイミィが深く関わっていることを理解した。

「どういう事なのか説明して欲しいんだけど」
『話せば長くなるんだけどね。昨日、メンテナンスでふたりを預かったでしょ?』
エイミィに言われた私たちは揃って頷いた。午後になったらふたりで取りに行こうと約束していたのだ。

『その時にね、ふたりに頼まれちゃったわけ。何でも、』
「エイミィ様、そこから先はわたしたちが」
話を続けようとするエイミィを遮ったのはレイジングハートだった。

どうやらやっと話してくれる気になったらしい。
私もエイミィから伝聞で聞くよりは、本人に直接聞いたほうがいいと思う。
それはなのはも同じだったようで、私たちは彼女に続きを促した。

「わたしたちは常々、おふたりのことを羨ましいと思っていました。
おふたりが一緒の時、おふたりはいつも楽しそうに過ごしていられます。
そんなおふたりを見て、わたしたちも経験してみたくなってしまったのです。人間の生活、というものを」

「それでエイミィ様に頼んで今日1日だけ、魔力でこの身体を作っていただきました。
ですが、Sirたちに何の相談もなしに決定してしまったため、言い出せなかったのです」

ふたりの話を聞いて、ようやく状況を理解できた。
要するに、私たちに怒られるかと思って話してくれなかった、ということ。

全く、私たちがそんなことで怒るはずがないのに。
寧ろ、私たちを見てそう思ってくれていたということが、すごく嬉しかった。
バルディッシュ、あなたは本当に最高の相棒だよ。

『というわけ。まだ未完成の技術だから、そっちで言うと多分日没くらいに魔力結合が解けちゃうんだ。
それまでふたりに頼んでいいかな?』
「勿論です。レイジングハートにそんな風に思われてたなんて、なんだかすごく嬉しいです」
「私も。バルディッシュと一緒に一日を過ごせるなんて夢みたい」

私たちの答えを聞いたエイミィは、一瞬ほっとしたような表情を浮かべる。
が、すぐさま親指を立てていつもの調子に戻った。

『それじゃお願いね。ふたりともあんまり無茶しちゃ、ってやばっ、先輩に見つかっちゃった。
それじゃまたねっ』
慌ただしく通信を切るエイミィ。その様子があまりにいつも通り過ぎて、思わず苦笑してしまう。

エイミィもバルディッシュ達のことを考え、未完成の技術でもふたりに使ってくれたのだろう。
本当に感謝してもしきれないな。

「それじゃあ、ふたりとも今日1日よろしくね」
満面の笑みを浮かべながら、なのはがふたりに言う。
その様子にふたりとも困惑していたみたいだけど、私がなのはの言葉に頷くと、ふたりもまた同時に頷いた。

「お願いします、マスター」
「Sirもお願いいたします」
相変わらず堅苦しい口調のふたり。

いつもならそれでいいかもしれないけど、今日は特別だ。
今日はマスターとデバイスの関係ではない。友達なんだ。

「バルディッシュ、今日だけは私のことを名前で呼んで。それが今日のたったひとつの命令」
「レイジングハートもだよ。わたしたちは今日、友達なんだから」
先程以上に困惑した表情を浮かべるふたり。当然かもしれない。

でも、だからこそ名前で呼んでもらいたいんだ。今日のことをふたりの記憶へしっかりと刻めるように。

「おふたりには負けました。では改めてよろしくお願いします、なのは」
「私もお願いいたします、フェイト」
私たちが引かないことを理解したのか、ふたりは観念したような表情を見せて名前を呼んでくれた。
そのことがまた嬉しくて、私たちはまた笑った。

 

こうして私たちと大切な相棒の、たった1日だけの不思議な関係は始まったのだった。

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