お酒とテストと模擬戦と

「フェイトママぁ」
ある日の午後。久しぶりに自宅で寛いでいる私に、愛娘が何やら隠し持って近づいてきた。

ちなみになのはは仕事。いくら仕事で早いからって、一言くらい声をかけてくれてもいいのに。
多分気を遣ってくれてるんだろう。私は全然構わないんだけど。
最近はいつも出勤時間が合わないからこそ、声をかけて欲しいな。

そんなモヤモヤした私の気持ちも、ヴィヴィオの嬉しそうなその顔を見ていると吹き飛んでしまいそうだ。

「どうしたの、ヴィヴィオ?」
目の前に立ったままの娘に声をかける。
当の本人は尋ねられるのを待っていたらしく、私の質問に対し大仰に頷いた。

「じゃ~ん。見て見て、すごいでしょ?」
そう言いながら手渡してきたのは5枚の紙。右上に100とか98などと書いてあるそれを見て、ヴィヴィオがついこの間学校の試験を受けたことを思い出した。

「ヴィヴィオすごいね。高得点ばっかり。たくさん勉強したんだ」
ヴィヴィオの通うSt.ヒルデ学院は、それなりに学業のレベルも高い。
そんな中でこれだけの高得点を取るのは難しいはずだ。
確かにヴィヴィオはそんなに勉強が苦手ではないから、いつもそれなりの点数を取ってくるけど、

今回みたいな点数は初めて見た。きっといつも以上に勉強したに違いない。
その頑張りが解るからこそ、私は娘の頭を撫でてあげた。

「くっ、くすぐったいよ、ママ」
と口で言いながらも、決して私の手から逃げようとはしないヴィヴィオ。
そんな様子が可愛くて余計に撫でたくなってしまう。

でも次の瞬間、私は凍りつくことになる。目の前で楽しそうにしているヴィヴィオによって。
「じゃあ本気のフェイトママと模擬戦が出来るんだね? やったぁ!」
……えっ?」
何かすごく不穏な言葉が聞こえた気がする。
いやいや、私の聞き間違いかもしれない。うん、そうに決まってる。

「ゴメン、ヴィヴィオ。よく聞こえなかったんだけど、私と、何?」
「えぇ~。今度のテストで平均点が95点超えたら、本気で模擬戦してくれるって約束したでしょ?
覚えてないの?」
はい、覚えていません。とは流石に言えず、返答に困ってしまう。

だって本当に記憶にないから。でもヴィヴィオがそこまで断言してるということは、私が約束したんだろう。
一体、いつ?

「ほら、ちゃんと約束してるでしょ?」
そう言ってヴィヴィオは私にディスプレイを見せてきた。刹那、私ははっきりと思い出した。
どうしてそんな約束をしたのか、そしてどうして記憶がないのかを。

 

その日は私が追いかけていた事件が解決したことを記念しての宴会。
当然、主賓の私が出ないわけにもいかず、次々に注がれるお酒を飲む羽目になったのだった。
それでもなんとか帰してもらうと、タクシーで家までたどり着いた。そして、問題のシーンが始まる。

『ヴィヴィオォ~、たらいまぁ~。フェイトパパが帰っれきましらよぉ~』
『フェッ、フェイトママ、お酒臭いよ』
今すぐ逃げ出したい。酔っていたとはいえ、私ったら娘になんてことを。
本当にここではないどこかへ行ってしまいたくなる。

『はぁ~、ヴィヴィオ。わたしお水持ってくるから、ちょっとだけ我慢しててね』
『やらぁ~、なのはぁ、いかないれぇ~。わらしのこと嫌いになっらの?』
もう嫌だ。なんで私はこんなこと言ってるんだろう。

画面の中のなのはは呆れたような顔をしてリビングへと消えていった。
そういえば最近なのはが口を聞いてくれない気がしてたけど、まさかこれが原因だったのかな。
そうだとしたら大問題だ。早いうちに謝らないと。

『あっ、あのね。フェイトママ、わたしもうすぐテストなんだよ』
微妙に距離を取って、ヴィヴィオが言っている。お願いだから、そんな目で見ないで。
確かにそこにいる私は最悪だけど、本当の私は違うんだよ。

『へぇ~、そうなんらぁ? よぉし、ヴィヴィオが平均95点以上取っらら、フェイトパパがなんれも、しれあげる』
『本当っ!? じゃあわたし、本気のフェイトママと模擬戦したいなぁ』
きっと今そう言われても、私はOKしていただろう。それほどまでにヴィヴィオの瞳は輝いていた。
要するに、酔っ払っていた私が断れるはずがないということ。

『お安いご用らよぉ。じゃあ、がん……ばっ……れ』
『フェイトママ? フェイトママぁ!?』
完全に堕ちた私をヴィヴィオが揺さぶっている。そんな構図でこのビデオは終了した。

 

「というわけ。思い出してくれた?」
「はい。とってもよく思い出しました。その節はとんだご迷惑をおかけしました」
少し怒ったような表情を浮かべるヴィヴィオに思わず土下座。

でも本当にひどいことをした私に、優しい娘は微笑んでくれた。やっぱりヴィヴィオはいい子だなぁ。
「じゃ、今から模擬戦しよ? なのはママが場所を取ってくれてるんだ」
うん、そうだよね。世の中はそんなに甘くないよね。

かといって断れるわけもない。それだけのことを私はやらかしているのだ。
娘の言葉にぎこちなく頷いた後、私たちはなのはが予約したという管理局の古い訓練施設へと向かった。
なんでもそろそろ取り壊すからいくらでも魔力を使っていいらしい。
はぁ、ヴィヴィオの気が変わってお流れにならないかなぁ。

 

勿論そんな都合のいい思いが成就することはなく、私たちはしっかりと訓練施設へやって来た。
入り口にいるのは……なのはだ。私たちの姿を見て手を振ってくれている。よかった、怒ってないみたい。
そう思ったのも束の間、私はなのはが怒っていることを改めて認識した。

「あ、なの、」
「ヴィヴィオ、遅いよ。待ったんだからね」
私のことを完全にスルーして、ヴィヴィオに話しかけるなのは。あれ、聞こえてないのかな?
それともやっぱり、怒ってる、のかな?

「あっ、あのね、なの、」
「ヴィヴィオ、中に行こう。せっかく予約したんだから、思いっきりやらないと」
怒ってる。それも、ものすごく。気のせいなんかじゃない。

思い返してみれば、あの日の翌日からなのはと話していない。気がする、じゃなくて本当に話していない。
これは、マズい。非常に、マズい。と、とにかく謝らないと。で、でもなのはは口を聞いてくれないし。
もしかして、このまま離婚?嫌だ、それだけは絶対嫌だ。

絶望へと足を一歩踏み入れかけた、まさにその時。神は私を見捨ててはいなかった。
「ねぇ、なのはママ。フェイトママも反省してるみたいだから、お話聞いてあげないとダメだよ」
その神様の名前はヴィヴィオ。
一瞬こっちを向いて苦笑したところを見ると、ヴィヴィオなりに気を遣ってくれたのだろう。
ありがとう、ヴィヴィオ。今度駅前で評判のケーキを沢山買ってくるからね。

「ふぅ……。そうだね。我ながら大人気なかった、かな? ゴメンね、フェイトちゃん。
でも、フェイトちゃんがいけないんだよ。あんなにお酒飲んでくるから」
「反省しています。本当にごめんなさい」

私に声をかけてくれたことを理解すると、すぐに謝罪の言葉を述べる。
本当はこれくらいじゃ全然言い足りない。でも、今は自分の気持を素直に言うことが大事だと思ったから。

「ふたりとも早く仲直りしてきてね。わたしは中に行ってるから」
思い切り頭を下げる私を尻目に、ヴィヴィオは施設の中へと入っていった。
古い施設の入り口にいるのは私たちだけ。思わず目が合ってしまった私は、もう一度なのはに謝った。

「ごめんね。本当にごめんね。私全然、」
唇に指を当てられ、私の言葉は遮られた。
驚いて顔をあげると、そこにはここ数日見ることが出来なかったなのはの笑顔が。
数日振りのはずなのに、なんだかすごく長い間この笑顔を見ていなかった気がしてくる。

「ふふっ、もういいよ。そうやってるのを見れば、フェイトちゃんが本気で謝ってくれてるのが解るもん。
だからもう謝らないで。でも、」
「でも?」
楽しそうに笑いながら言葉を切る。そんなところも、いつも通りだ。うん、何もかもいつも通りに戻ったんだ。

「約束して。お酒を飲むな、とは言わないけど、程々にね」
「うん、約束するよ」
当然だ。もう二度と、なのはにあんな顔はさせない。誓ってもいい。

「それともう一つ。この後の模擬戦、わたしとヴィヴィオがチームだから、本気でお願いね」
「うん……って、えっ!?」
驚いてなのはの表情を見ると、それはもう極上の笑み。間違いない、この顔は本気だ。
なのはも出しうる限りの本気を出すつもりだ。

「にゃはは。お願いね、フェイトちゃん」
「あ、ちょっ、ちょっと待ってよ、なのはぁ」
スキップしながら施設へと入っていくなのはを慌てて追いかける。どうやら覚悟を決めるしかないみたい。

でも、いいんだ。これはひどいことをしたお仕置きだ。
なのはにひどいことをした、私へのキツいお仕置き。そう思えば、そんなに怖くない、よね?

 

 

 

その日の夜、私たちは管理局の担当者に感謝されていた。施設を取り壊す手間を省いたから、らしいけど。
うん、今日もなのはの究極奥義を撃たれました。
すごく痛かったけど、この痛みで決意を新たにすることが出来た。

もう二度と、お酒なんて飲まないんだから!

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