「明けましておめでとうございます」
いつもより少し遅くリビングへ入ると、普段聞き慣れない挨拶に迎え入れられた。
そう、今日は元日なのだ。
「明けましておめでとう、ヴィヴィオ。今年もよろしくね」
返答を待っていたらしいヴィヴィオの頭を撫でながら、私も年明けの挨拶をする。
今年はもう少し家庭での時間を多く出来ればいいな、毎年言ってる気がするけど。
「あれ、そういえばなのはは?」
「年が変わっても相変わらずなんだね、フェイトママは」
なのはの姿が見当たらなくてヴィヴィオに尋ねると、なんだか呆れたような顔をされる。
私としては、年々なのはへの愛は増幅しているつもりなんだけど、ヴィヴィオにはそう見えないのかな?
「なのはママなら、」
「だぁ~れだっ!」
いきなり視界が塞がれる。
細くて柔らかい指先、鼻をくすぐる甘い香、そして何より透き通る可愛らしい声。
これがなのはでなければ誰なのだろう。
「もう、いきなりびっくりしちゃうよ。なのは」
「さっすがフェイトちゃん。大正解」
パッと視界が開けた。
それを確認してからゆっくりと振り返ると、当然のようになのはが立っていた。
満面の笑顔を浮かべながら。
思わず抱き着いてしまいたくなるけど、新年早々それはまずい。
それにまだ、新年の挨拶をしていない。一年の計は元旦にあり、だ。
「明けましておめでとう、なのは」
「おめでとうございます、フェイトちゃん」
同時に頭を下げ、しばらくしてから同時に顔を上げる。
あまりにタイミングがピッタリだったため、つい笑ってしまった。
「ふふっ、今年もよろしくね」
「うんっ。よろしく、フェイトちゃん」
あぁ、もう我慢できない。
目の前にこんな可愛いなのはが立っているというのに、何もせずにいられようか。
理性が肉体を支配しようとしかけたその時だった。なのはが口を開いたのは。
「さてと、お節料理を食べようか? 今年はいつも以上に張り切っちゃったから、期待してね」
「わぁ~、すっごく楽しみだよ」
そんな会話をしながら、テーブルへ向かっていくふたり。
残された私はひとり、手を広げた恰好のまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
「フェイトちゃん早く~、って何してるの?」
「ちょっと気の迷いが、ね。お願いだからあんまり訊かないで」
心配そうに尋ねるなのはに、私はそう答えるしかなかった。
ショック状態から立ち直った私を待っていたのは、テーブル一面に広がる豪勢なお節料理だった。
私の大好物の鯑もたくさん用意されている。なのはの細やかな気配りだ。
「すごいね、こんなにたくさん。用意が大変だったんじゃない?」
「ううん、そうでもないよ。それに、今年はフェイトちゃんと一緒にお正月を過ごせるって思ったら、嬉しくて」
嬉しそうにはにかむなのはを見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
でも今の私は両手離しで喜ぶことが出来なかった。
去年の悲惨なお正月のことを思い出してしまったためだ。
正直なところ、忘れられるものなら忘れてしまいたい記憶のひとつだ。
「そっ、その節は多大なご迷惑をおかけしました」
思わず頭を下げる。
去年のお正月、私は執務官室でひとり寂しく新年を迎えたのだ。
カップ麺にお餅を入れて自家製のお雑煮だって、意地を張って食べたっけ。……この上なく虚しかった。
「大丈夫だよ。去年は去年、今年は今年だから。ねぇ、ヴィヴィオ?」
「そのとおり。だから、あんまり気にしないでね」
ふたりの優しさが身に染みる。
こんなに優しい妻と娘を持った私は、世界で一番幸せな人間だろう。それだけは間違いない。
「さ、食べよう? フェイトちゃんは、お雑煮にお餅は2つで良かったよね?」
「うん、ありがとう。……あっ、そうだ。ちょっと待っててね」
お雑煮を受け取りながらあることを思い出し、ふたりに断ってから部屋へと急ぐ。
確かあれは、2段目の引き出しに入れた気がするんだけど。
「どこ、だったかなぁ」
目的の物は見つからない。でも、これは絶対に見つけないと。せっかくのお正月なんだから。
「あっ、あった」
私の記憶のとおり、それは引き出しの奥でひっそりと眠っていた。
それに少し細工をしてから、リビングへと戻る。
リビングでは、ふたりが料理に手をつけず待っていた。
食べて待っていてくれてもよかったのに、私のことをちゃんと待っていてくれたのだ。
「おっそーい。もうお腹ぺこぺこだよ」
「ごめんね、本当はすぐ終わるはずだったんだけど」
テーブルの前でヴィヴィオに怒られる。
このことについては、非があるのは完全に私なので潔く受け入れるしかない。
「まぁまぁ、ヴィヴィオもお正月から怒らないの。
それにフェイトちゃんもヴィヴィオに渡すものがあるみたいだしね」
お説教タイムに入りかけていた私を救ってくれたのはなのはだった。
しかも私の真意をしっかりと汲んでくれている。
なのはの言葉を聞いたヴィヴィオも私への抗議を止め、何か期待している視線を私へと向けてくる。
「はい、今年はちゃんと、今日渡せるね」
後ろ手に隠し持っていた、小さな紙袋を差し出す。さっき探していたのはこれだ。
お年玉を入れるためのぽち袋。忙しくて買う余裕がなかったせいで、去年と同じデザインだけど。
「わぁ、ありがとうフェイトママ」
「どういたしまして」
中身を確認することなく、それをポケットに入れるヴィヴィオ。きっとあとで確認するつもりなんだろう。
「お疲れ様。はいフェイトちゃん、お屠蘇だよ」
労いながら、お酒が入ったお猪口を差し出してくるなのは。
あの一件以降禁酒中の私だけど、縁起物だし一口くらい、いいよね。
「じゃあふたりとも、新年明けまして、」
「「おめでとうございます!」」
それぞれの飲み物が重なって、新しい年の到来を告げた。
今年もみんなが健康で、楽しい年になるといいな。
「ねぇ、フェイトちゃん」
その夜、ヴィヴィオがとっくに寝てしまっている時間。
リビングでゆったりとコーヒーを飲んでいるところに、なのはが声をかけてくる。
いつもの声とはどこか違う声。それだけで、彼女が何を期待しているのか解ってしまう。
「わたしに、お年玉はないの?」
予想通りとはいえ、私の心臓はドキドキしっぱなし。当然だろう。
微かに顔を上気させ、甘えるように上目遣いで私を見てくるなのはが可愛すぎるのだから。
だからこそ、私はそれに答える必要がある。
「じゃあ、今から極上のお年玉をあげるね」
愛しい妻の手を引きながら、私たちは静かにリビングを後にした。
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