探偵フェイトの事件ファイル―なのはさんの浮気疑惑?・解決編

「じゃあふたりとも、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
用事があるというなのはを玄関先で見送る。

勿論、これはフェイク。 もう少ししたら私たちもなのはを追いかけるつもりだ。
昨日得た情報によれば、待ち合わせ時間は10時。
少しくらい遅れて出ても、充分取り戻せる時間だ。

「じゃあヴィヴィオ、準備しようか?」
「うん。なんだか、こういうのってワクワクするね」
楽しそうに尾行の準備をするヴィヴィオ。彼女には悪いけど、私の心は今それどころじゃなかった。
もしかしたら、決定的瞬間を目撃する可能性だってあるのだ。
そう考えると、喩えようのない恐怖に襲われそうになる。

「フェイトママ、大丈夫だよ。だってなのはママはなのはママだから」
心の不安を見抜いたのか、ヴィヴィオが笑顔を向けてくる。
全然根拠のない言葉だけど、なんだか納得できてしまう。
そうか、なのははなのはか。うん、なのははなのはだ。

「ありがとうヴィヴィオ、もう大丈夫。じゃあ、探偵のお仕事開始だ」
「おーっ」
可愛らしく右手を上げるヴィヴィオの声とともに、私たちは家を後にしたのだった。

 

物陰に隠れて、なのはの方を見つめる。気付かれた様子は今のところない。
現在時刻は10時少し前。もうすぐ待ち合わせの相手が来る頃だ。

「ふぅ~」
サングラスを外して一息つく。無論ただのサングラスではない。
出かける前にヴィヴィオに渡された、望遠機能付きのサングラスだ。
学校で流行っている人気の玩具らしいけど、最近の玩具もバカにはできないらしい。

「なのはママ、誰を待ってるんだろうね?」
休憩していた私の隣で、帽子姿にサングラスのヴィヴィオが呟いた。ちなみに私も同じ格好だ。
ヴィヴィオ曰く、「尾行するときはコレじゃないとダメ」らしい。

う~ん、好奇心旺盛なのは大いに結構なんだけど、妙な知識も一緒だと少し困るな。
まぁ、妙は知識の出処はだいたい察しがついているから、今度言い聞かせよう。
あのエリート捜査官殿に。

それはともかく、なのはの待ち合わせ相手って一体誰なんだろう?
一番に浮かんできたのははやてだったけど、今日は家族と一緒に過ごすらしいからシロだ。
じゃあ、一体誰が……

「あっ! ねぇ、フェイトママ。あれってユーノ先生じゃない?」
「えっ!?」
考えを中断して、サングラスをかけ直す。そこに見えたのは、なのはに近づく一人の影。
長い髪を後ろで纏めているその姿は、ヴィヴィオの言うとおりユーノのものだった。

その事実を目撃した私の足から力が抜けていく。気付けば私は地面にへたり込んでいた。

「そんな、まさか、ユーノだったなんて……
考えていなかったわけじゃなかった。
だってユーノとなのはの付き合いは、私よりも少しだけ長いのだから。

その少しが、時に膨大な差となる例を私は何度も目撃している。
それに巡航艦での任務が多い私と違って、ユーノは無限図書勤務。
その気になればいくらでも会いに行けるということも大きな理由かもしれない。

あぁ、どうしよう。今日帰ったらなのはにユーノを紹介されたら。
しかも「わたしの新しい夫です」とか言われたら。もう考えたくもない。

……ママ? もう、フェイトママっ!」
「えっ、何? って痛~」
気付けばヴィヴィオの拳が頭に炸裂していた。うん、すごく痛い。
ヴィヴィオもずいぶんと立派になったんだなぁ。フェイトママ嬉しいよ、じゃなくて!

「何するの、ヴィヴィオ? いきなり殴るなんて」
「だって、ふたりとも行っちゃうよ? いいの?」
指差す方向を見ると、確かになのはたちが森林公園を出ようとしていた。

でも私はまだ迷っている。これ以上尾行を続けたら、取り返しの付かないことになるんじゃないか、って。

「ほらフェイトママ、シャキッとして。
まだ決まったわけじゃないし、真実は自分の目で見るまで決めつけちゃいけないんだよ」

多分、ヴィヴィオが好きな推理小説の台詞なのだろう。でもそれは物語の中のこと。
時に真実は、全てを否定する最後の切り札にだって成りうるものだ。だけど、

「そうだね。ヴィヴィオの言うとおりだ。よしっ、行こうか?」
「了解しました、フェイトママ」
土を払い、私たちはなのはの尾行を続けるのだった。

 

なのはたちが向かったのはミッドチルダで一番のデパート、その3階にある洋服売り場だった。
多くの買い物客で賑わうこの場所は、本来なら今日私たちと一緒に行く予定だった場所。
ミッドで一番の名に恥じず、品数豊富で値段もリーズナブルな、私たち庶民の味方だ。

「あ、コレなんかヴィヴィオに似合うかも」
側にあった子供服を手に取り、ヴィヴィオが着ている姿を想像する。うん、可愛い。
まぁ、ヴィヴィオは何を着ても可愛いんだけどね。って、また脱線しちゃった。えっと、なのはたちは、と。

「いた」
少し店内を見渡すと、すぐに見つかった。どうやらネクタイを見ているようだ。

ユーノの首もとにタイを当てているなのはを見ていると、なんだかやるせない気持ちになってくる。
本当に楽しそうだ。一体何を話してるんだろう? 流石にこの距離では聞き取ることが出来ない。

「ねぇヴィヴィオ、ふたりの会話を聞いてきてくれないかな?」
「いいけど、フェイトママが直接聞いたほうがいいんじゃない?
これだけ人がいるし、少しくらいじゃ気づかれないよ」
笑いながら言うヴィヴィオ。どうやら行ってくれるつもりはないようだ。

でも確かに人も多いし、これなら少し近づいてもバレそうにない。
元々言い出したのは私だし、ここは覚悟を決めるしかない、か。

「じゃあヴィヴィオ、行ってくるね」
「気をつけてね」
そう言うとヴィヴィオは子供服の方へ。やっぱりヴィヴィオも女の子。
可愛い服に興味津々のお年ごろのようだ。今日は協力してくれたから、お礼に何着か買ってあげようかな。

 

現実逃避はここまで。一度深く深呼吸をすると私は、なのはたちの背後10メートルくらいまで近づいた。
幸いなことに周囲には人が多く、これなら簡単にバレそうにはない。
服を選ぶふりをしながらふたりの会話に全神経をつぎ込む。

「コレなんか、いいんじゃないかな?」
「あ、そうだね。でも、こっちもなかなか素敵だと思うよ」
先程と変わらない様子でネクタイを選び続けるふたり。聞くんじゃなかった、心からそう思う。
これはもう、決定的かな。でも仕方ないよね。ずっとなのはのことを放っておいた私がいけないんだから。

「じゃあ、これにしようっと。さてと、」
どうやら決まったようだ。似たようなデザインのネクタイが2本。黒系のものと白系のものだ。
白い方はなのはのかな。そのネクタイがなのはの首にあるところを想像してみる。
うん、よく似合ってるよ。まぁ、なのはは何を着ても似合うんだけど。

「そこでわざとらしく服を見てるフェイトちゃん、ちょっとこっちへ来てくれるかな?」
「へっ?」
なのはの視線は明らかにこちらを見ている。
そしてその隣ではユーノと、してやったりの表情を浮かべたヴィヴィオの姿があった。
えっ? コレって、つまり、どういうこと?

「やっぱり心配してくれたんだね。でも、アレで尾行してるつもりなの?
フェイトちゃんったら目立ち過ぎだよ」
近づいた私への第一声がそれだった。どうやら私たちの尾行は最初からバレていたらしい。
おかしいな。服もそんなに変じゃなかったし、目立ったつもりはないんだけど。何か間違えたかな。

「フェイトはそのままで十分目立つからね。君がコソコソしてると、余計に目立つんだよ」
「そうだよ。一緒にいるわたしもすごく恥ずかしかったんだから」
ユーノとヴィヴィオに言われ、ようやくこれが3人によって仕組まれたものであったことを理解した。
つまり、私はみんなの掌の上で踊らされていたわけだ。はぁ。

「ほらほら、拗ねないの。このネクタイ、フェイトちゃんに似合うと思うんだけどどうかな?」
落ち込む私の首もとに、さっきから手にしているネクタイを近づけるなのは。
そして暫くネクタイと私の顔を見比べると、満足そうに頷いた。

「うん、ぴったり。フェイトちゃんってば、あんなに解れたネクタイ使ってるんだもん。
だから、これはわたしからのプレゼント」
「なるほど、そういう事だったんだ」
これでようやく納得できた。何故なのはがこんなに手を込んだことをしたのか。
私のネクタイのためだったんだ。でも、それなら当然の疑問が浮かんでくる。

「どうして、一緒じゃダメだったの?」
もともと今日はここに来る予定だったのに、どうしてこんなに回りくどくしたのか。
私にはそれが解らなかった。

「だって、いつもプレゼントしてもらってるのは、わたしだから。その、たまには、いいかなぁ、って」
少し顔を俯かせて恥ずかしそうにするなのは。これで謎は解決した。
色々と聞きたいこともあるけど、とりあえずなのはのこんな表情を見ることが出来て、私的には大満足だ。
ビバ、私の休日!

「どうやら、僕の役目はここまでみたいだね」
事の成り行きを見ていたユーノの声に、妙な場所へトリップしていた私の意思が戻ってくる。
視線が一瞬だけ合うと、ユーノはウィンクをした。後は任せた、と言わんばかりだ。

「よし、ヴィヴィオ、約束通り無限書庫へ行こうか?」
「はい。じゃあ、なのはママにフェイトママ、ごゆっくり~」
もうひとりの親友そっくりの笑みを浮かべたヴィヴィオが手を振ると、ふたりは雑踏の中へ消えていった。

なんだか、この計画を立てた犯人が解った気がする。
まぁ、うん、ヴィヴィオのことで言い聞かせるのはまた今度にしてあげよう。

「それで、どうしようか?」
ネクタイを持ったまま固まっていたなのはが、口を開く。答えなんて決まってる。
せっかくふたりが気を遣ってくれたんだ。これを利用しない手はないだろう。

「じゃあ、久しぶりにデートしようか?」
「うんっ!」
嬉しそうに腕を絡めてくるなのは。その表情を見ているだけで、私も自然と笑顔になる。

 

探偵稼業は今日でおしまい。ここからは、なのはと一緒に休日を満喫しなくちゃ。

そうだよね、なのは?

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