Sweet Songs Ever With You ~事の発端は突然に?~

「どうしよう」
思わず言葉が口から出てしまう。
チラリと隣を見ると、全く同じ表情を浮かべたなのはの姿があった。
一瞬だけ視線が交差するも、この状況を打破できる有効な策は、残念ながら浮かび上がらなかった。

こうしている間も運命の時間は刻一刻と迫ってくるというのに、
頭の中が消去されてしまったかのように真っ白だ。
でも、逃げ出すなんて出来ない。
それが私に課せられた使命であることに変わりはないし、何よりなのはが隣にいる。
なのはの前で弱いところは見せられない。出番は、もうすぐだ。

 

事の発端はある日の午前中、高町家とも縁の深いとある人物が私の家を訪ねてきたことだった。
なのはを家に招いていた私は、インターホンが鳴ると特に何も考えずに応答した。
だけどそこには予想もしない人物が立っていたのだ。

「Hello」
「フィ、フィ、フィアッセさん!?」
あまりの展開に、思わず動揺してしまう。

インターホン越しに映るその姿は、「光の歌姫」ことフィアッセ・クリステラさん。
世界でも指折りの有名人だ。
コンサートがあるからって日本に来ているのは知ってるけど、
まさか私の家に来るなんてことは思ってなかった。

「ごめんねフェイト、いきなり来ちゃって。
なのはがフェイトのところに行くって言ってたから、ついてきちゃった」
サプライズに成功したことが嬉しいのか、極上の笑顔を向けてくるフィアッセさん。
こういうドッキリが大好きなところは、母親のティオレさんにそっくりだ。正直心臓に悪い。

そんなことを考えているとフィアッセさんの影に隠れていたのか、
今まで姿を見せなかったなのはがひょっこりと顔を見せた。

「そういうことなの。大丈夫、かな?」
「う、うん、大丈夫。いきなりフィアッセさんが来たから驚いただけ。あ、そうだ、今ドア開けますね」
目の前の現実が受け入れられなかった私は、ようやくそこで入り口を開けていなかったことに気づく。
そのことを反省しながらも、私はエントランスホールの扉を開いた。

しばらくすると、玄関のチャイムが鳴らされる。
魔力の気配を感じそれがなのはのものであることを確認してから扉を開く。
そこにはなのはと、やはりフィアッセさんが立っていた。どうやら私が白昼夢を見ているわけではなさそうだ。

「Hi、フェイト。久しぶりだね」
「こんにちはフィアッセさん。お久しぶりです」
久しぶりの挨拶を交わす。こうして挨拶を交わして初めて、
目の前のフィアッセさんが本物であることを実感する。
昨日はテレビでフィアッセさんを見ていたのに、なんだか変な感じだ。

「と、とりあえず中へどうぞ」
来客用のスリッパを出し、ふたりをリビングへと案内する。よかった誰もいなくて。
母さんもエイミィもフィアッセさんのファンだから、大混乱になること必須だ。
そういう意味では幸運だったかもしれない。

「今お茶を淹れますね。コーヒーと紅茶、どっちが、」
「ここは私に任せて。翠屋チーフウェイトレスの冠は伊達じゃないから」
見事に押し切られてしまった。

本当なら私が淹れなきゃいけないんだけど、あそこまで言われると引かざるを得ない。
それに心のどこかではやはり、フィアッセさんのお茶を期待している私もいた。

ティーセットの場所を伝え、仕事がなくなってしまった私は、なのはの元へ向かう。
とりあえず状況の把握をしなければ。

「なのは、これってどういうこと?」
尋ねたはいいものの、どうやらなのはも事の詳細は伝えられていないらしい。
彼女が浮かべている表情を見れば、そんなことは一目瞭然だ。

「わたしにも解らないんだ。いきなりフィアッセさんが家に来て、
わたしとフェイトちゃんに頼みたいことがあるって」
「頼みたいこと?私となのはに?」
一体何だろう。検討もつかない。どうやらなのはも同じようで、何やら考え込んでいるみたい。

答えが出ないまま考えていると、フィアッセさんが紅茶を淹れてきてくれた。
悔しいけど、匂いの時点で私が淹れる紅茶とは違う。

「どうしたの、ふたりとも?難しい顔しちゃって」
ティーカップを置きながら、私たちの表情を見て笑うフィアッセさん。
どうやら自分がその原因であるとは、全く考えていないようだ。

「フィアッセさんがわたしたちに頼みたいことがあるって言ってたから」
「Oh、そのことね」
なのはに言われ、今思い出したと言わんばかりの表情を浮かべる。
本当に今まで忘れていたのだろう。フィアッセさんはそういう人だから。

そして紅茶を一口飲んでから、フィアッセさんは徐に口を開いた。
心なしか眼が笑っているように見えるのは私の気のせいだろうか。気のせいであってほしい。

「今日、海鳴でコンサートが有るのは知ってるよね?」
「あ、はい。なのはからも誘われてますから」
確認のためになのはを見ると、私の視線に頷くことで応える。
フィアッセさんはそんな私たちを見ると、一回だけ大きく頷いて笑顔を見せた。

「それなんだけど、実は、今日のステージに出てもらいたいの」
何でもないというように言うフィアッセさんだったけど、その言葉に思い切り固まってしまう私たち。
発言の内容が凄すぎて、理解するまでに時間がかかってしまう。そしてようやくその意味を理解すると、

「「えっ、えぇぇぇぇぇぇっ!?」」
ふたり同時に声を上げた。

話を要約すると、本来なら別の子供たちに任せる予定だったらしい。
しかし急に病気にかかってしまい、出演ができないことになってしまった。
そこで、フィアッセさんの知り合いである私たちにお鉢が回ってきたらしい、のだけれど……

「ムリムリムリッ! 無理ですよ、ステージで歌うなんて」
「私たち、プロじゃないんですよ」
必死になって無理であることをアピールする私たち。
確かにふたりとも歌うのは好きだけど、あくまでも趣味のレベル。
そんな私たちがいきなりプロのステージに立つなんて出来るはずがない。

「大丈夫。ふたりとも歌うの上手だから。それに、」
不意に言葉を切るフィアッセさん。
そして私たちの注意が自分に向いていることを確認してから、再び口を開く。

「もう、なのはたちにしか頼めないの。お願い」
頭を下げるフィアッセさんの姿に、私たちも言葉をつまらせてしまう。
プロの歌手ではない私たちがステージで歌うなんて不可能だ。

でも目の前ではフィアッセさんが困っている。そして私たちを頼りにしてくれている。
そんな人を見逃すこともまた、私たちには不可能だった。
なのはと視線を合わせて、彼女の意思を確認する。当然答えは、

「解りました。どれだけ出来るか解りませんけど、フェイトちゃんとお手伝いします。ね、フェイトちゃん?」
「はい。だから顔を上げてください」
短い沈黙の後、フィアッセさんが顔を上げる。

その顔には、笑みが、広がっていた。何だろう、途轍もなく嫌な予感がする。

「聞いた桃子? OKだって。うん……大丈夫、ちゃんと映像は録っておくから。それじゃあね」
あ然とする私たちの前で、携帯電話をしまうフィアッセさん。
そこで私たちは、すべてが桃子さんの策略であったことに気づいたのだった。

だが気づいたときには全てが手遅れ。
逃げ出す間もなく、私たちの腕はフィアッセさんの美しい手に掴まれていた。

「じゃあふたりとも、善は急げ。早速会場に行こう?
衣装なら心配しないでも大丈夫だよ、ちゃんと用意してあるから」
「ちょっ、ちょっと、フィアッセさん!?」

否定する隙すら与えられずに、私たちはフィアッセさんに連れていかれることになった。
もしもこれが悪い夢なら覚めて欲しい。だがそんな私の願いは、ついに叶うことはなかったのだった。

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