高町ヴィヴィオの夏休み―恐怖の夏休み、月村家の惨劇!―

8月●◆日

 

「はぁ……はぁ……
息が上がって心臓が破裂してしまいそうです。

でも、そんな呑気なことを言っている場合ではないのもまた事実。
いつまた追手がやってくるか解りません。こんな短時間でも、回復しておかなければ。

【ヴィヴィオ、無事?】
息を整えていると、フェイトママからの念話が入ってきました。
一応周囲を注意深く見渡しながら、それに応えます。

【うん、平気。そっちは?】
【こっちも平気だけど、危なかったかも。でも、あと30分だから頑張って】
【了解。フェイトママたちも頑張ってね】

励ましの言葉にしっかり返答すると、念話を終了します。
長いこと留まっていると、敵に見つかる可能性がぐんと上がってしまうためです。
もちろん向こうは歴戦の猛者ですから、わたしができることはそんなにはないかもしれませんが、
やるからには全力全開で挑みたいです。
ポンと膝を叩いて気合を入れ直すと、森の中へ進みました。

それにしても、雫ちゃんの家って広いなぁ。

 

今わたしたち高町家は地球にやって来ています。
なのはママの里帰りにわたしとフェイトママも付いてきた、というワケです。
数回しか行ったことがない地球は、わたしにとってすごく興味深い場所で、行く度に新しい発見があります。

でもわたしが何より楽しみにしているのが、地球のお友達に会うことなのです。
カレルとリエラはたまにミッドチルダに来たりもするのですが、雫ちゃんは完全にこっちの人。
こういう機会でもないと会うことができません。
もちろん普段から連絡は欠かさないのですが、やっぱり顔を合わせるのには勝てないですからね。

そういうこともあって、今日は雫ちゃんの家に家族でお邪魔しています。
雫ちゃん一家、それにすずかさんと美由希さんを加えて、楽しくお茶をしていると、
恭也さんが唐突に提案しました。

「よし、鬼ごっこをしよう」
……はい?」
その場の全員がそう返したのは言うまでもありません。
しかし当の恭也さんは涼しい顔。もう一度同じ言葉を言います。

「鬼ごっこをしよう」
「あの、お兄ちゃん。わたしには全く以て意味が分からないのですが?」
兄である恭也さんの言葉に、なのはママが全員の思いを代弁します。
すると恭也さんはフッと笑うと、

「何、ちょっとした遊びだ。俺と美由希が鬼になるから、誰か一人でも1時間逃げ切ったら鬼の負け。
逆ならば鬼の勝ちというシンプルなルールだ」
「ちょっと待って、誰もルールを聞いてるわけじゃないの。
なんでいきなり鬼ごっこをすることになってるのかな?」
「言ったとおり、ほんの遊びだ。たまにはいいだろう?」
本当にそれ以外の理由はなさそうです。

そんな恭也さんの様子に、説得は無理だと判断したのか、なのはママががっくりと肩を落とします。
恭也さんの顔が微妙に勝ち誇ったように見えるのはわたしの気のせいではないはず。
そういえば雫ちゃんが言ってたっけ。恭也さんはイジワルな時があるって。

「さて、なのはのことは放っておくとして、ルールの確認だ。
普通の鬼ごっこと違ってタッチされれば終了ではなく、戦闘を行って構わない。
当然、勝てば逃げられるというわけだ。魔法を使ってもいいが、木より高く飛ぶのは禁止だ」
正直、あの二人に勝てるとは思えませんけど、逃げられる可能性があるだけマシということでしょう。
わたしたちの反応を確認すると、恭也さんは話を続けます。

「制限時間はさっき言ったとおり1時間。範囲は月村家の裏庭。
戦闘に負けたものはここに戻ってくるか、その場から動かないこと。説明は以上だ、何か質問は?」
「あ、私とすずかは遠慮しておくわ。こっちでお茶の準備しておくから」
「あぁ、了解だ」
そう言ったのは忍さん。

その顔には明らかに『面倒くさい』と書いてありました。
恭也さんもそれを解っていたのか、苦笑いを浮かべています。
すずかさんも今日は見ている方に徹するみたいです。少し残念だな。
すずかさんがいればこっちの勝率も上がりそうなのですが、仕方ないです。

「それ以外に質問は?」
一同を見渡す恭也さんですが、質問は上がりません。
それに満足したのか、恭也さんは高らかに宣言しました。

「では今から10分後に合図をするから、そうしたら開始だ」
「ヴィヴィオ、頑張って」
「雫ちゃんもね」
雫ちゃんと健闘を誓い合うと、わたしたちは月村家の裏庭に走りました。

絶対に雫ちゃんより長く逃げてみせるんだから!

 

というわけで今わたしたちは恭也さんたちから逃げているのです。
とりあえず前半の30分を過ぎて誰も捕まっていないという状況ですが、油断は禁物。
これまでも何度か見つかりかけているのですが、その度に何とか逃げ果せているというだけだからです。

多分、わたしや雫ちゃんは後回しでも大丈夫という判断なのでしょう。
む~、絶対に見返してやるんだから。

そう決意したその時でした。わたしの目の前を何かがものすごいスピードで横切って行ったのです。
一瞬しか見えませんでしたが、フェイトママのランサーのように見えました。
気になったわたしはそれが飛んできた方向を見ます。

「うわぁ~、フェイトママ本気だ」
そこにはソニックフォームを身に纏い、二本の剣を振るっているフェイトママの姿が。
相手は恭也さんのようです。フェイトママの攻撃を必要最小限の動きだけで躱す姿はまさに大人と子供。
さすが恭也さんです。

「そろそろ限界か?動きが鈍ってきているぞ」
「きょ、恭也さんがおかしいんですっ!」
涼しい顔の恭也さんと必死な顔のフェイトママ。

そろそろ逃げないと見つかってしまいそうです。
ごめんなさい、フェイトママ。わたしにはそこに割って入るだけの実力がありません。
でも、フェイトママの犠牲は無駄にしないからね。

泣きそうな声で捕まってしまったことをフェイトママが告げてきたのは、その3分後でした。
お疲れ様です、フェイトママ。

これでこっちは3人。残りは20分ちょっと。なんだか絶望的な時間にも思えます。
「でも、まだ終わってないもん」
気合を入れ直すと、見つからないように慎重に移動しました。
フェイトママのためにも絶対に見つからないんだから!

それから10分後、今度はなのはママが捕まったという連絡が来ました。
なんでも恭也さんと美由希さんが二人がかりで攻めてきたみたいです。それなら、まぁ、仕方ないですね。

むしろ、5分も時間を稼げたのがすごいと思います。
おかげで逃げる時間が稼げました。とはいえ、ここからはわたしと雫ちゃんの二人だけ。
正直なところ、かなり心配です。本当にあと5分ももたないんじゃないでしょうか?

「はぁ、恭也さんが見逃してくれないかなぁ」
「それは無理な相談だな」
ひとり言に答える声が。
驚いて後ろを見ると、そこには恭也さんが立っていました。

もちろん周囲は警戒していたのですが、やっぱりダメでした。
逃げたところですぐに捕まってしまうでしょう。ならば、戦うしかないようです。

「お手合わせ、お願いします」
「いいだろう。雫も今頃は美由希と戦っているだろうからな。どっちの方が長く残れるかな?」
恭也さんの挑発を無視すると、わたしは恭也さんに勝負を挑みました。少しでも長く逃げられるように。

 

結局わたしは3分で負けてしまいました。
わたしの攻撃はすべて恭也さんにいなされて、一回も当たりませんでした。
仕方ないといえばそれまでかもしれませんが、なんだか悔しいです。

尤も当の恭也さんからは、
「いい打撃だった。この調子で鍛錬を続けていくといい」
というありがたいお言葉を頂きました。それはちょっと嬉しかったかな。

そうそう雫ちゃんとの勝負ですが、結局引き分けでした。
わたしが恭也さんに負けると同時に、美由希さんから連絡が入ったのです。
負けなくてよかったと思う反面、勝ちたかったとも思ったりするわけで……なんだか複雑です。

とにかく鬼ごっこはわたしたちの完敗。なのはママ達は、
「わたし、もう少し訓練するよ」
「付き合うよ、なのは」
なんて会話をしていました。

 

わたしも恭也さんに、悪いところとかを指摘してもらったり、とても充実した鬼ごっこでした。
もしかしたら、恭也さんはこれが狙いだったのかもしれないですね。それにしてはやりすぎでしたが。

 

 

地球での日々は毎日がとても楽しいです。みんなでまた遊べるといいな。
そうなったら絶対に雫ちゃんには負けないもんね!
そんな地球での或る日の出来事でした。

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