innocent starter

「フェイト、聞いた?」
私が仕事のせいで昼休みに登校すると、早速アリサが声をかけてきた。
こちらとしてはなるべく早くなのはに会いたいのだけど、流石に呼び止められて無視することも出来ない。

「聞いた、って何?」
「その様子じゃ、やっぱりなのはは言ってないみたいね」
なのはの名前を聞いて、思わず彼女の席を見てしまう。
そこにはクラスメートと談笑しているなのはがいた。うん、特に変わったところはない。いつもどおりのなのはだ。

「なのはがどうかしたの? 別にいつもと変わらないみたいだけど」
「甘いわね。なのはの性格はアンタが一番解ってるでしょ?あの娘ね、昨日後輩の娘に告白されたのよ」
「へぇ、そうなん……えぇぇぇぇぇぇ!?」
突然の大声でクラス中の視線を一気に浴びてしまう。

その中にはなのはの視線も勿論あった。
だけど私と眼が合った瞬間に、逸らされてしまう。これはなのはが何か隠しているときの行動だ。

「ちょっとアリサ、どういう事なの!?」
なのはの行動から例の話が本当であったことを確信し、そのまま急いでアリサに詰め寄る。
でも私に詰め寄られたアリサは涼しい顔のまま。まるでこうなることが予想できていたかのようだ。

「落ち着きなさいフェイト。なのはは断ったみたいだから」
「そうなんだ、よかったぁ」

そこで違和感に気づいてしまう。私、なのはが誰かと付き合わなくて喜んでいる。
なのはの親友なら、なのはのことが大切なら、なのはの幸せを願うべきなのに、私は喜んでいる。最悪だ。

「というか、アンタたちってまだ付き合ってなかったのね。そっちの方が驚きだわ」
「なっ!? ななな、何言ってるのアリサ! 私たちは、その、友達、だし。
だいたい、私となのはじゃ釣り合わないよ」
アリサの爆弾発言に慌てて反論する私だったけど、どうも最後の方が尻すぼみになってしまった。

だって、仕方ない。私は本当にそう思ってるんだから。
なのはのお陰で私は今、ここにいられる。
それだけで十分なのに、これ以上何かを求めるなんて烏滸がましいだろう。

「またアンタはそう言う。いい? アンタは自分のことを過小評価しすぎなのよ」
「せやせや。もう少し自分のことを考えてもいいんちゃうかな?」
……で、アンタはいつからそこにいるのよ?」
聴き慣れた関西弁にウンザリしながら、アリサと同時に振り返る。
そこには当然のようにはやてとすずかがいた。本当に神出鬼没だな、特にはやては。

「さっきからよ。それにしてもやっぱり話題になっとるんやね。なのはちゃんが告白された話」
「ウチのクラスでもかなり話題になってるもんね。なのはちゃんのクラスなら当然か」
そこまで話題になってるとは思わなかった。
この分だと、恐らく小学校上がりのクラスには全部知られてるんじゃないだろうか。
そう考えると、なのはの影響力もすごいものだと改めて感じる。

「で、フェイトちゃんとしてはどうするつもりなん?」
物思いに耽っていると唐突にはやてに話しかけられた。
明らかに私に不利益になることを考えている顔なのが気になるけど。

「それをこれから訊くところだったんでしょ。で、どうなのよフェイト?」
「どうって……私はなのはが幸せならそれでいいよ」
ふたりからの質問に、私はそう答えるしかできなかった。

それは私の本心だ。なのはが幸せならそれでいい。例えその隣にいるのが自分でなくてもいいんだ。

「ったく、どうしてアンタはいつもそうなのよ。少しは自分の気持ちを出しなさいよ」
「自分の気持ちって言っても、私の気持ちは今言ったとおりだから」
私がそう答えると、アリサは苛立たしそうに自分の髪をかきむしる。
アリサが言いたいことは解ってるつもりだ。でも、私はそれを口にしてはいけない。私はそう決めたのだから。

「アカン、アカンよフェイトちゃん。もっと自分に正直にならな。
もっとこう、なのはちゃんをあぁしたいとか、こうしたいとか、って痛っ」
「セクハラ親父かアンタは。まぁ、はやての言い分も一理あるといえばあるんだけどね」
そう言われても困ってしまう。

勿論、私だってなのはのことは大切だ。
気付けば視線でなのはの行動を追ってしまうし、なのはと一緒にいるとすごく楽しくて、すごくドキドキする。
でも、それ以上踏み込んじゃいけない。もし拒絶されたら?
その先を考えるだけで私の未来はまっくらだ。だから、これでいい。
自分の気持ちを隠し通して、ずっと友達でいられれば。

「あのね、フェイトちゃん」
ここまで沈黙を守ってきたすずかが口を開いた。
その瞳には、いつも見せている優しさだけでなく、どこか厳しさがあるように感じた。

「フェイトちゃんは、なのはちゃんのことをどう思ってるのかな?」
「なのはは、大切な友達、」
「そうじゃなくてね、フェイトちゃん。フェイトちゃん自身はどう思ってるのかな?
なのはちゃんが告白されたって聞いたとき、どう思った?」
私の言葉を遮ったすずかは、同じことを訊いてくる。
だけどそれは最初とは明らかに違う、私の本当の答えを知っている上での質問だった。

すずかの言葉に促されて私は考える。私となのはの事を。
私がなのはをどう思っているのかを。
告白されたと聞いてどう思ったかを。私は、なのはが誰とも付き合わないことにほっとしたんだ。

どうして? それは、なのはが私にとってすごく大切な仲間で、かけがえのない友達で、すごく大事な……

「私は、なのはのことが、」
「ダメだよ。その先はなのはちゃんに直接聞かせてあげて。それがフェイトちゃんの本当の気持だから」
楽しそうにウィンクしたすずかは、続いてはやてたちと目配せをする。
ふたりはその意味が解ったのか、アリサはウンザリしながら、はやては面白そうにしながら声をかけてきた。

「フェイト、屋上で待ってなさい。クラス委員がこんなことを言うのもアレだけど、次の授業はサボってもいいわ。
いいえ、むしろサボりなさい」
「ま、細かいことは私らに任せて、とりあえずなのはちゃんを待っとき。
私たちが責任を持ってなのはちゃんを連れてくから。そこから先はフェイトちゃん次第や。
一歩先に進むのか、それともこのままでいいのか」
混乱する私を、無理やり教室の外ヘ連れ出すふたり。

そこまでされて、ようやく私はふたりがやろうとしている事を理解した。
ここまでされては、私も逃げるわけにはいかない。なのはのように、私もまた全力全開でいかなければ。

「ありがとう、みんな。行ってくるよ」
「いいから行きなさい。立場上、サボろうとしてるアンタを見送るわけにはいかないんだから」
そんなアリサの言葉に後押しされ、私は屋上へ向かうのだった。

屋上で待つこと数分。背後で扉が開くのを感じた私は、ゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは当然、
「フェイトちゃん、話って何かな?もうすぐ授業だから早く行かないと怒られちゃうよ」
なのはだ。顔には笑顔を浮かべていて、別段いつもと違うようには見えない。

だけど私は知っている。今のなのはが無理をして笑っていることを。
何も知らない私に迷惑をかけないために、無理やり笑顔を作っていることを。

「なのは、昨日告白された、って本当?」
焦らしても仕方がない。そう思った私は単刀直入に切り出す。
その言葉を聞いたなのはは目を大きく見開き、観念したかのように一度だけ頷いた。

「でも、ちゃんと断ったよ。わたしには好きな人がいますって」
「好きな人、いるんだね」
なのはの発言に驚きながらも、私は相槌を打つことはできた。そうか、なのはにも好きな人がいるんだ。
当然といえば当然かもしれないけど、やはりその言葉は聞きたくなかった。

それだけでこれまでの決意が崩れてしまいそうだから。
私の言葉がなのはを苦しめる結果になるかもしれない。そう考えると、前に進めなくなってしまう。

「話って、それ? だったらもういいよね?」
何も言わない私を見て残念そうな顔をしながら、扉の方へ引き返そうとするなのは。
これでいいの? 自分の気持ちを最後まで隠して、結局後悔するの?

少し前なら、その結論を下していたかもしれない。だけど今日は、今の私は違う。
目を背けてきた自分の気持ちを今こそ伝えなければ。この機会を逃せば、もうチャンスは、ない。
それは、いやだ。

「待って!」
自分でもビックリするような大きな声。それが功を奏したのか、なのはは立ち止まってくれた。
ゆっくりと振り返るなのはの蒼い瞳をしっかりと見据え、私は自分の想いを一気に吐き出す。

「なのは、私ねなのはが告白されたって聞いて、すごく焦ったんだよ。
なのはが他の誰かと一緒にいるところを想像して、すごく焦ったんだ。
でもなのはが断ったって聞いて私、すごくほっとした。
最低だよね、いつも応援してるって言ってるのに、なのはが誰かと付き合わないことにほっとしたんだから」

ただ自分の想いを語り続ける私を、なのはも何を言わずに見てくれている。
そのことが嬉しかった。なのはが私を見てくれているだけで、私は冷静でいられるから。

「それでね、気づいたんだ。私は、いつもなのはの事を考えてるんだって。
みんなといる時も、なのはとふたりの時も、ひとりの時だってなのはのことを考えない日はなかった。
なのはの事を考えるだけで、胸が暖かくなって、すごく心地いいんだ。
なのはと会えないだけで、胸が締め付けられるように痛いんだ。
なのはの笑顔を見るだけで、どんな辛いことも忘れてしまえるんだ」

そこで言葉を止めた。これから先の一言は、これまでの関係を終わらせてしまうものだ。
なのはの答えが肯定であれ否定であれ、もう元の生活に戻ることは出来ない。

だけどもう、覚悟は決めた。大切な仲間が、はやてたちが、大切な友達がこの尊い気持に気付かせてくれたから。

「私、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、高町なのはのことを愛しています。
あの日、孤独の海の中で一人ぼっちだった私を救い出してくれた時から、ずっと。……私と、付き合ってください」

深々と頭を下げる。やれることは全部やった。どんな結果になっても、私に悔いはない。
これでなのはとの縁が切れてしまってもしようがない。やらずに後悔するより、やって後悔したほうがマシだ。

言葉のないまま、時間が過ぎる。何度も頭を上げようかと思ったけど、思いとどまっていた。
私がどうこうしたところで、これはなのはの問題なのだ。
今の私に出来るのは、答えが出るまでただこうしているだけ。それだけだ。

さらなる沈黙が流れた後、不意になのはの方から声が聞こえてくる。
いつもの凛々しい声じゃない。何かを堪らえているような声。

泣いてる、のかな?当然だよね。さっき好きな人がいるって言ってたんだから。
私にこんなことを言われても困っちゃうよね。そう思って顔を上げようとしたとき、私は自分の耳を疑う事になる。

「まったく……遅いよ、フェ、イトちゃん、は。わ、たし、だって、ずっと、同じ気持ちだったのに」
驚いて顔を上げた私の眼に飛び込んできたのは、
涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、笑顔を見せてくれるなのはの姿。
その姿を見て、ようやく私は自分の想いがなのはのそれと同じだったことを理解した。

涙を浮かべるなのはに近づくと、彼女を優しく、だけど強く抱きしめる。
もうどこにも行かせないように、誰にも渡さないように、力強く。

「ごめんね、なのは。待たせちゃったかな?」
「すごく待ったんだから。ずっと、ずっと待ってたんだからぁ~!」
胸に顔をうずめて泣きじゃくるなのは。私はそんな彼女をただ抱きしめるしか出来ない。

「フェイトちゃん、名前を呼んで。あの時みたいに、わたしの名前を呼んで」
涙で眼を腫らしながらも、なのはは笑顔でそう言った。私に「始まり」をくれたあの言葉を。

「なのは……なのは……なのは」
あの時と同じように3回、なのはの名前を呼ぶ。

一度目は今までの謝罪、二度目はこれまでの感謝、そして三度目には、未来への希望を込めて。
私が名前を呼ぶのを、あの時のように笑顔で頷いてくれたなのは。
でも私たちは、あの時から前進した。友達から、恋人へと。

「なのは……
「フェイトちゃん……
ゆっくりと近づく私たちの顔。ゆっくりと眼を瞑ると、次の瞬間、私たちの距離はゼロになった。

柔らかな感触、甘い匂い、優しい体温。なのはの全てが私の中へ入り込んでくる。
こんなに長く一緒だったのに、まだ私はなのはの知らないところが多すぎる。
でもそれでいい。知らなければこれから知っていけばいい。私たちに与えられた時間はまだまだ長いのだから。

そう、これは「はじまり」だ。私たちの二度目の「はじまり」。なのはは私に、二回も「はじまり」をくれた。
友達の「はじまり」、そして恋人の「はじまり」。

だから私は、「はじまり」をくれた君にそっと囁く。
私たちふたりだけの約束を。何時までも決して変わることのない永遠の魔法を。

「なのは、私は何時までも君と一緒だよ。
例え未来が囚われて、遠くへ消えてしまったとしても、
なのはが名前を呼んでくれれば私は何があっても駆けつける。
だからなのは、いつまでも私の隣で笑っていて欲しい」
「うん、うん、うんっ!」
止まることのないなのはの涙。だけどなのはは、そんな状態でもしっかりと私に笑いかけてくれた。

ありがとうなのは、私の一番大切な人。

そして私たちは二度目の口づけをした。
私たちを祝福してくれるかのように鳴り響く、ベルに身を任せながら。