朝目が覚めると制服に着替え、身だしなみを整えてから、愛する妻と娘の待つリビングへ向かう。
それが私の日常。
今日もいつも通りに目覚めて、いつも通りに制服へ着替えようとした。
でも何かが変だ。目線がいつもと少し、ううん、かなり違う気がする。
確認してはいけない気がしつつも、好奇心に負けつい鏡を見てしまった。
「なっ、なっ、なっ、」
それより先の言葉を発することが出来ない。
目の前の鏡には、予想の遥か上をいく自分の姿が映し出されていたからだ。
夢であることを願って、頬を思い切り抓ってみる。ものすごく痛かった。
つまり目に映っているものはすべて現実なのだ。頭がクラクラして、まともに立っていられそうにない。
でも、そういう時に限って災難は続くのだ。
「フェイトちゃん、起きて、」
ドアを開いた格好のまま固まる我が妻。同じく固まりながら妻を見る私。
とはいえ、ここまではよくあることだ。
問題は妻が私を見下ろしていて、私が妻を見上げているというこの状況にあった。
「かっ、かっ、かっ、」
口をパクパクさせながら、驚くべき速度で距離を詰めるなのは。
その速度たるや兄の恭也さんを思わせるほどで、当然ながら逃げる余裕などなかった。
結果として、私の完全敗北であった。
「かわいい~!!」
いつも以上に強く抱きしめられる。嬉しいには違いなけど、それどころではなかった。
私の顔が、そ、その、ふたつの柔らかいものに押し付けられているからだ。
マズい、息が続かない。徐々に薄れゆく記憶のなかで、私はこんなことを考えていた。
夢じゃなくてよかった。
意識が回復すると、どういう訳かなのはの膝の上に座らされていた。しかもヴィヴィオの服を着せられて。
あまりの恥ずかしさに逃げ出そうとしたけど、今の私の力ではまさに大人と子供。
逃げることも出来ずに、ヴィヴィオと目線を合わせて座っている格好に落ち着いていた。
「で、どうしてフェイトママが小さくなっちゃったのかな?」
ヴィヴィオが呆れ顔で質問してくるけど、私にも何が起こったか解らない状態なのだからどうしようもない。
その上先程から、
「えへへ~。はい、フェイトちゃん。あ~ん」
とこんな感じでなのはに完全に子供扱いされているのだ。
正直なところ、答えられる状況ではないというのが本音だ。
勿論、これが嬉しくないわけがない。ただ、娘に見られてるのがすごく恥ずかしいだけで。
「って、なのはママは完全に聞いてないし。なのはママ、フェイトママを膝の上に置くの禁止!
フェイトママも嫌だよね?」
「そんなことないよねぇ~、フェイトちゃ~ん?」
笑顔で同意を求められても困る。
目の前でヴィヴィオが頬を膨らませてる状況で、なのはに同意するのは親娘の絆に溝が出来かねない。
かと言ってヴィヴィオに同意すると後が怖い。その、色々と。
とにかく、この局面を乗り切る打開策を考えなければならない。
「そんな悩めるあなたの相談相手、八神はやてさんの登場でーす」
頭をフル回転させていると、聞こえるはずのない声が。
驚いて声の方向を見ると、はやてが楽しそうな笑顔を浮かべながら立っていた。
明らかに何が起こったか知っている顔だ。
「はやて、何が起こったの? どうして私、小さくなってるの?」
本当なら近づいて問い詰めたかったけど、嬉し、じゃなくて残念なことになのはに抱きしめられているため、
それが出来ずにいた。
一方のはやては笑みを絶やすことなく私に近づいてくると、目の前でコンソールを開く。
一体何をする気なんだろう。
「ま、私に聞くよりも本人の声を聞いたほうがええやろ? てなわけで、VTRスタート」
はやてが宣言すると同時にコンソールに見知った顔が現れた。シャーリーだ。
どうやら録画した映像みたいだけど、シャーリーがどうかしたのかな?
『はやてさん、お願いですからフェイトさんを休ませてください。
フェイトさんったら、自分の休暇より私たちに休暇を取れって言うんですよ。
自分は2ヶ月近く休暇を取ってないのにも関わらず、ですよ。
なので、1日でいいので完全休養させてください。お願いします』
半分くらい泣き出しそうな顔のシャーリーが画面いっぱいになると、再生が終了した。
それと入れ替わりに、はやてが目の前に顔を見せる。相変わらず顔は笑ったままだ。
「というわけや。シャーリーに頼まれたんやから、しゃあないやろ?
せやから昨日フェイトちゃんをお茶に誘ったんよ」
そうだ、思い出した。
その時にはやてが、疲れが取れるみたいなことを言って私にカプセルを飲ませたんだ。
間違いない、それがこの状況を作り出したに決まってる。確認しなかった私も迂闊だけど。
「もしかして、あの時のカプセル?」
「ピンポーン。流石は執務官。あ、ちなみに非合法薬物でも何でもないんで、身体に問題はないはずや。
明日になれば元通りになっとるで」
なんだろう、ものすごく魔法を使いたくなってきた。それも普段使わないような大出力魔法を。
そんな私の気持ちを察したのか、はやてがクルリと背を向ける。
「ほな、私はもう出勤時間やからこれにて失敬。
ちなみにおふたりさんの欠勤届は提出済みなんで、束の間の休息をお楽しみに~」
「ちょっと、待ちなさい!はやてぇ~!!」
抱き抱えられたままの私に何が出来るわけもなく、はやては来たときと同様に突然去っていった。
「つまり、今日一日フェイトちゃんと一緒ってことだよね?」
嵐が去ったリビングで、最初に言葉を発したのはなのはだった。
それもさっき以上の笑顔を私に見せている。そしてその顔を見て、私は逃げ道が無いことを改めて悟る。
気づけばその言葉に頷いていた。すると正面からヴィヴィオが声を上げる。
「いいなぁ~。でも、学校から帰ってきたらわたしと遊ぼうね?」
羨ましそうにこちらを見つめてくるヴィヴィオ。娘にそんな顔をされたら、断るほうが無理というもの。
今度はヴィヴィオの方を見て首を縦に振った。
「うん、約束。だから安心して学校に行ってきて大丈夫だよ」
「了解! では高町ヴィヴィオ、行ってきます」
食器を流しに置き、そのまま学校へ向かうヴィヴィオ。
こうなれば覚悟を決めて休暇を楽しまないと損だ。
一日しっかり休んで、明日に備えよう。
娘の後ろ姿を見送ると、なのはが再び声をかけてくる。
「じゃあヴィヴィオが帰ってくるまではなのはママと一緒に遊ぼうね~」
前言撤回。なんだか、すごく疲れそうな気がするのは私だけ?
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