今日、私たちははやての家に来ている。
その理由は、
「誕生日おめでとう、はやて。それに、守護騎士のみんなも」
少し遅れたけどはやてたちの誕生日を祝うためだ。
生憎と誕生日当日はみんな仕事が入っていて祝うことができなかったけど、
今日になってようやくみんなの都合が揃ったのだ。それで、はやての家にお邪魔したというわけ。
「みんな、ありがとう。今日は無礼講や。明日も休みやから、思いっきり盛り上がるでぇ~」
なのはが持参した日本酒を片手に叫ぶ。流石だよ、はやて。
明日休みにしておくところとか、本当に用意周到だね。
いや、有給が溜まってるみたいだから別に構わないんだけどね。
でも、私たちは休みじゃないからあまり遅くなるようだと困る。
「はやてちゃん。わたしたちは明日お仕事あるんだけど」
「大丈夫。なのはちゃんたちも明日はオフになってるはずや」
はやての爆弾発言に慌てて翌日のスケジュールを確認する私たち。
うん、確かに明日はオフになっていた。シャーリーからのコメントまで付いている。曰く、
『フェイトさんも有給溜まってるんですから、明日は休んでくださいね~。
それと、はやてさんたちにお誕生日おめでとうと伝えておいてください。では』
とのこと。
どうやらなのはのほうも同じだったみたい。
明日はヴィヴィオの学校も休みだし、今日中に家には帰れなさそうだなぁ。
「諦めろ、テスタロッサ。我らのスケジュールの場合は、ひと月前から決まっていたのだ。仕方あるまい」
私の肩を叩きながらシグナムが声をかけてくる。
ありがとうシグナム。でも、手に持ったお酒とその満足そうな顔がなかったらもっとよかったな。
「まぁ、はやての用意周到さは今に始まったことじゃないですからね」
相槌を打ちながら、ちらりとなのはの方を見る。
なのははなのはですっぱりと諦めてしまったようで、シャマルと話をしている。
多分、なのはにとって良い話ではないだろう。最近、忙しくて定期検診に行ってないって言ってたから。
「おかしいわねぇ、なのはちゃん。最近、貴女の姿を見ないんだけど」
「ごめんなさい、シャマル先生。今度は必ず行きますから」
やっぱり。でも、なのはにとってはいい薬かな。シャマル、あんまりなのはに無茶させないでね。
なのはが可愛らしく平謝りする姿を愛でつつ、ヴィヴィオの方にも目を向ける。
「あぁ~! ヴィータちゃん、そのケーキわたしが狙ってたのにぃ~」
「甘いなヴィヴィオ。こういうのは早い者勝ちなんだよ」
「ヴィータちゃん、大人げないです」
「まったくだな。大人げないぜ、姉御」
「うるせー」
こっちはこっちで激しい戦いが繰り広げられていた。
尤もヴィヴィオもヴィータもじゃれているだけ、という感じでふたりとも楽しそうだから問題ないだろう。
それにリインとアギトもいるから、いいところでストッパーの役目を果たしてくれるはずだ。
とりあえず、みんな楽しそうに過ごしているみたい(?)で一安心だ。
「フェイトちゃん、楽しんどる?」
妻と娘の方を見ていた私に、はやてが声をかけてきた。
手には一升瓶とコップが2つ。そのうちのひとつを差し出してくる。要するに飲め、ということだろう。
いつも通りの行動に苦笑しながらそのコップを受け取る。今日くらいはいいかな。
「おぉ、フェイトちゃんがコップを取ってくれるなんて。やっぱり誕生日っていいもんですね~」
「やっぱり返すよ」
「そんなぁ、ほんの冗談やん。ささ、どうぞ」
そんなことを言いながら、ちゃっかりと日本酒を注いでくるはやて。
ここまでされたら流石にコップを返すわけにもいかない。仕方なく開けられた日本酒を飲む。
あんまりお酒は得意じゃないんだけどなぁ。
「どや? フェイトちゃん」
「……美味しい」
素直に美味しかった。
少なくとも私がこれまで飲んできたどんなお酒よりも。
一方のはやては私の反応に満足したのか、うんうんと頷いてお酒を飲んでる。
「せやけど……こうやってお酒が飲めるようになるなんて、あの時は考えられんかったからなぁ」
思わず言葉を失ってしまう。「あの時」というのはやっぱり、あの時だろう。
一瞬気まずい空気が流れる。言葉を出そうとしても上手くいかない。
当然だ。簡単に話せるようなことではないのだから。
「はやて、その、」
「そんな顔せんといて。ホンマにフェイトちゃんたちには感謝しとるんやから」
私の言葉を遮るように言うはやて。その顔には確かに笑みが浮かんでいた。
いつも浮かべている笑みとは違う、どこか達観したような笑顔。
長い付き合いのせいか、それだけではやてが考えていることが大体解ってしまう。
「正直言ってな、あの頃の私はこんなに生きられるなんて思っとらんかったんよ。
もって中学校くらいまで、なんて思ったこともあるくらいやった。
せやからあの日、私の誕生日にあの子たちが私のところに来てくれて、ホンマに嬉しかったんよ。
これでもう、独りやないって思えた」
独白のように語られるはやての気持ち。
その重い言葉に私は何も言うことが出来ないでいた。
そんな私の気持ちに気付いていないのか、はやての語りは続いていく。
「それだけでも十分やったのに、その上、フェイトちゃんたちが私たちを救ってくれた。
だからこそこうして毎年、あの子たちと一緒に誕生日を祝えるんや。感謝してもしきれへん。本当にありがとう」
「はやて……すごく感謝されてるのはすごく伝わってきたんだけど、この手は何なのかな?」
はやての言葉が終わるか終わらないかというところで、はやての両手は私の胸元に伸びてきていた。
はやての話に聞き入っていた私にその攻撃を避けられるはずもなく、現在はやてのセクハラを受けているというわけだ。
「いや、その、誕生日プレゼント?」
「なんで疑問系なのかな?」
「せやかて、許可貰うてへんし。こんな時でもないと揉ませてくれへんし」
「早く離さないと私、何するか解らないよ」
脅しが効いたのか、はたまた最初から本気ではなかったのか、すんなりと手を離したはやて。
まったく、油断も隙もない。
「じゃあ、ちょっくらヴィータたちのところにでも行ってくるかなぁ」
そんなことを言いながら、はやてはヴィータたちの方へ行ってしまった。
しまった、怒る隙すら与えてもらえなかった。やっぱり流石だよ、はやて。
「すまんな、テスタロッサ」
どうやらその様子を見ていたらしいシグナムが声をかけてくる。
こういうところは律儀というかなんと言うか。そんなに気を遣わなくても大丈夫なのに。
「いえ。いつものことですから」
「ならば、尚のことすまん。だが、主はやてがあんな話をしているのを聞いたのは初めてだな」
「そうなんですか?」
「あぁ。主はああいう性格だからな。普段はあのような話、我々にすらしてもらえんさ。やはり特別なのだろう。お前達は」
「そう、かもしれませんね」
もしかしたら、最後のははやてなりの照れ隠しだったのかもしれない。
そう考えると、今日くらいは許してもいい気がしてくる。本当はいけないんだろうけど。
「きゃっ! ちょっ、ちょっとはやてちゃん、何するの!?」
「別にええやん、減るもんでもないし。それになのはちゃんの成長をこの手で感じ取りたいんよ」
前言撤回。やっぱり許せないよね。だって、夫がいるのに人妻に手を出したんだよ。
なのはも嫌がってるみたいだし。大体、なのはにあんなことしていいのは私だけなんだから。
「まぁ、なんだ。ほどほどにな」
「大丈夫ですよ。少しお灸を据えるだけですから」
苦笑気味のシグナムの声を背に受け、私は悪の根源を倒しに行くのだった。
少しくらい派手にやっても大丈夫だよ。だって、明日はお休みだもん。ね? はやて。
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