新学期になって最初の美術の授業。芸術の秋ということで、私たちは海鳴公園まで足を運んでいた。
今日は1日使って風景画を描くことになっている。
確かに自然に溢れた海鳴公園は、スケッチに最適な場所だ。これなら創作意欲も湧こうというものだろう。
そんなことを考えながら、隣のなのはを見る。うん、いつも通り元気そうだ。それに可愛い。
見つめられているなのはも私の視線に気づいたのか、こっちを見て口を開いた。
「フェイトちゃん、どこに行こうか?」
「私はなのはが行きたいところなら、どこでもいいよ」
心からの言葉を言ったんだけど、なのははすぐに困ったような顔を浮かべた。
私何かおかしなこと言っちゃったのかな?
「なのは、どうしたの?もしかして、何か気に障ること言っちゃったかな?」
「ごめんね、そうじゃないの。ただね、」
そこで言葉を区切ると、そのまま俯いてしまうなのは。
どうしたのかと思った私が顔を覗き込むと、顔を真赤にしながら呟くようにその言葉を発した。
「その、わたしも、フェイトちゃんと同じこと考えてたから」
自分が言ったことがよほど恥ずかしいのか、更に顔を赤くするなのは。
そんな様子を見て何もしないなんて拷問に等しい。
考えるより先に身体が反応したとしても、誰も私を責められないだろう。
「嬉しいよ、なの、痛っ!」
なのはに抱きつこうとした刹那、私の後頭部に鈍痛が走った。
一瞬目の前が真っ暗になって、その後から痛みが襲いかかってくる。正直に言うと、ものすごく痛い。
こんなことをするなんてふたりしか知らないけど、ひとりは別のクラスだから離れたところにいる。
となれば、犯人は自ずと判明してくる。
「何するの、アリサ!?」
頭の中に犯人の顔を思い浮かべながら、背後を振り返る。
そこにはさも当然といった顔をしながら、片手にイーゼルを持ったアリサがいた。
ということはつまり、私はアレで叩かれたんだ。痛いはずだよ。
「いつも言ってるでしょ、時と場所、それに状況を考えなさいって」
「それにしても、ソレはやりすぎだよ。すごく痛かったんだから」
私の抗議もどこ吹く風。目の前で仁王立ちしている姿は、まさにいつも通りのアリサだった。
「手加減したから心配ないわ。流石にこれを手加減しないほど、バカじゃないつもりよ」
「手加減とかじゃなくて、人としてやっちゃいけないことだと思うよ」
少し反論しただけなのに、人差し指をピンと立てて詰め寄ってくるアリサ。なんだろう、少し、怖い。
「いいこと。目の前でイチャイチャされたら誰だって怒るものなの。
しかもアンタたちときたら学習しないときてるんだから、こうでもしないと解らないでしょ?」
そこまで言われたら何も言い返せない。
確かに私も悪かったと思うけど、なのはが可愛いのがいけないんだよ。
あんなに可愛いなのはを見せられたら誰だってこうなっちゃうよ。
「まぁいいわ。こんなところで油を売ってる場合でもないし。
じゃ、あたしはすずかたちと合流するから、お昼にここに集合ね」
「あっ、ちょっと、アリサ!」
声をかける間もなく、アリサは歩いていってしまった。
どうしよう? 追いかけた方がいいのかな?
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。アリサちゃんは多分、気を遣ってくれたんだよ」
考えていたことが解ったのか、なのはが声をかけてくる。なるほど、確かになのはとふたりきりだ。
ありがとうアリサ、でも頭がまだ少し痛いよ。
アリサへの感謝の言葉を心の中で考えていると、なのはがもう一度声をかけてきた。
「それで、どこに行こうか?」
「なのはが行きたいところなら、はダメ?」
私の答えに首を縦に振ることで答えるなのは。
よし、ならここは私がリードしないと。でも、どこに行こうかな? 森の方はありきたりだし……。
そうだ、あそこがあった。あの場所ならなのはもきっと喜んでくれるはず。
そう考えたら決断は早かった。自然と私の手がなのはの手を握る。
「行こう、なのは」
「フェ、フェイトちゃん、引っ張らないでよ~」
可愛らしいなのはの抗議に、少しだけペースを緩めながら私たちは目的地へと向かった。
そして私たちがたどり着いたのは……
「ここって……」
「うん、私がなのはの名前を初めて呼んだ場所。ダメ、だったかな?」
あの日、初めてなのはの名前を呼ぶことが出来た場所。
今でもあの時のことははっきりと思い出せる。なのはの笑顔、なのはの涙、なのはの声。
この場所に来ると、どんなことでも思い出せるんだ。
「ダメじゃないよ。だって、わたしもここがいいって思ってたから」
小さく微笑むなのは。あまりに綺麗なその笑顔に、我慢できず鉛筆を取り出して、デッサンを始めてしまう。
驚いた表情を浮かべるなのはに、私も笑みを浮かべながら尋ねる。
「私、なのはを描きたいな。いい?」
さっき以上に驚いた顔のなのは。でもすぐに顔を赤くしてしまう。
少しだけ時間が経ってから、なのはが小さく呟いた。
注意していなければ、絶対に聞き逃してしまうような小さな声。でも、私にはしっかりとその言葉が届いた。
「フェイトちゃんを描かせてくれるなら、いいよ」
「勿論だよ、なのは」
こうして私たちの芸術の秋が静かに幕を開いた。
ちなみにお題が風景画だったにも関わらず、
なのはを描いた私と、私を描いたなのはは後で先生にこってりと絞られてしまいました。
別にいいんだ。その代償に、私の部屋ではなのはがいつも微笑んでくれているから。
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