「やっぱり怖いよぉ~」
暗がりの中、涙目で私の腕を必死に掴むなのは。
あぁ、生きててよかった。
「大丈夫だよ、なのは。私がついてるから」
「でっでも、怖いものは怖いよ」
今日、私たちはデート中。その行き先に映画館を選んだのは正解だったみたい。
この様子なら今日こそ私がデートの主導権を握れるかも。
なのはが唯一苦手なもの。
それは幽霊に代表されるような非科学的なもの、特にホラージャンルが大嫌い。
なのはによれば、
「だって、お化けには魔法が通じないんだよ。そんなのありえないよ!」
とのこと。
魔法が通じるか否かで物事を判断するのがなのはらしいけど、そんなところもすごく可愛い。
そんななのはが積極的にホラー映画を観るはずがない。
だから私はこの前の合同訓練で賭けをした。
訓練に勝った方が次のデートの行き先を決めるという賭けを。
なのはにも行きたいところがあったみたいでかなり苦戦したけど、
なんとか勝つことができた私はこうしてなのはと映画館にやって来ることができたというわけ。
その代わりといってはなんだけど、大破した訓練場の修理代を請求されてしまった。
でもそれだって、今の状況を買ったと思えば安い買い物だ。……そう思わないと少し辛い。
そんなわけで今日は私の希望通り映画館でホラー映画鑑賞になったというわけ。
なのはは映画が始まってからずっと、私の右腕を掴んで離さない。
さらに時折、可愛らしい悲鳴も聞こえてくる。こんな状況で映画に集中できるわけがない。
私の意識は常に右側に向いていた。
「フェイトちゃぁ~ん、怖いよぉ。もう、やだぁ」
「なのは、まだ始まったばかりだよ」
映画が始まってからまだ20分しか経っていない。
映画は全部でおよそ2時間だから、まだまだ楽しめそうだ。
「なのは、そんなに怖いなら外で待ってても、」
「それはダメだよ。フェイトちゃんとの約束だもん」
ちょっと強がりを言うところもなのはらしい。
でも、そんなに無理しなくてもいいのに。なんだか悪い気がしてきちゃうよ。
そこからはもう、映画なんて見ていられる状況じゃなかった。
何と言ってもシーンが変わる度に隣から可愛い悲鳴が聞こえてくる。
こんな状況は拷問以外の何物でもない。
耐えかねた私が外に出ようか?と聞いても答えは一貫して、
「だっ大丈夫。おっ、思ったより怖くないし」
と見え見えの強がりが返ってきた。
本人が望んでいないのに退出するわけにもいかず、
私は隣に視線を貼付けたまま、2時間を過ごすハメになった。
映画が終わると、なのはは魔法を使ってるかのような速度で映画館を後にしてしまった。
その様子に一瞬唖然としたけど、
後を必死に追いかけてなんとかファーストフード店に入ってもらうことに成功した。
「ごめんねなのは。まさかあんなにホラー映画が苦手だったなんて知らなくて」
開口一番、私はなのはに謝った。
まさかあんなに怖がるなんて思わなかったから。
「うぅっ、フェイトちゃんのバカぁ~」
……不謹慎でごめんなさい、なのはさん。
ものすごく可愛いです。
お願いだから涙目で上目遣いは止めて。自制ができなくなっちゃう。
「ホッ、ホントにごめんね。私そんなつもりじゃ、」
「なぁ~んてね。大丈夫だよ、わたし怒ってないよ」
慌てて謝る私になのはは優しく微笑んでくれた。確かに怒ってないみたいだけど、心配だよ。
「それにね」
「それに?」
「もしわたしが勝ってたら、遊園地でジェットコースターに乗ってたもん」
そう言ってなのはは悪戯っぽく笑った。どうやらなのはも同じことを考えてたみたい。
そう思うと笑いが込み上げてくる。
「なんだ、なのはも同じことを考えてたんだね」
「うん、だってフェイトちゃんの可愛いところをたくさん見たいんだもん」
「なのは……」
眩しいくらいの笑顔でそんなことを言われたんじゃ、もう何も言えないよ。
今日こそ主導権を握ったと思ったのに、結局逆転されちゃってるよ。
「でも、」
何も言えずにいる私になのはが妖しく詰め寄る。
これはこれでまずいかも。もう我慢できないよ。
「わたしを怖がらせたんだから、少しくらいお詫びが欲しいな」
「えっ? それって……」
私が質問するより早く、なのはの唇が私の言葉を封じ込んだ。
触れ合うだけの軽い口づけ。でも、人前という状況が私をパニックにさせる。
「なっ、なな、なのは!?」
「ふふっ、続きはお家で。だよ」
結局その日もなのはにリードされっぱなしだった。
いつになったら私はなのはをリードできるのかな?
そんなことを考えたある日のデートのことでした。
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