「ただいまぁ~」
小さく呟きながらリビングの扉を開ける。出迎えはいない。真っ暗なリビングにはただ、静寂があるのみだ。
当然だろう、また遅くなってしまったのだから。これで何日連続かな?
しかも今日に至っては連絡すらしてる余裕がなかった。本当にダメだな、私。
「自業自得、だよね」
タイを解きながらコーヒーを飲もうとテーブルに近づく。そこで私は違和感に気づいた。
テーブルの上に見覚えのないものが置かれていたのだ。
「手紙?」
表紙になのはの字で『フェイトちゃんへ』と書かれていた封筒を手に取る。一体どうしたんだろう。
何か伝えることがあるなら、映像メモのほうが楽なはずだ。
とにかく中身が気になる。コーヒーを飲むことも忘れて、私は封筒を開けた。
入っていたのは1枚の紙。そしてそこに書かれていたのは、
『実家に帰らせていただきます』
の一行だけだった。
言葉が出てこない。実家って、なのはの実家って事だよね? ということは地球?
もしかして高町家の誰かに何かあったのかな?
いや、それなら映像メモか何かで理由を言うはずだ。じゃあ一体どうして?
いや、解ってる。でもそれを認めたくない。
認めたが最後、私の中のすべてが音を立てて崩れてしまいそうだから。
「そ、そうだよ。これは、なのは流の冗談だよ。うん、そうに決まってる。
きっと家の中にいて、私を驚かせるつもりなんだ」
震える声で自分にそう言い聞かせる。あわよくば、それが現実であってほしい。
私は動こうとしない身体を何とか動かし、家の中を捜索することにした。
なのはたちが隠れていることを信じて。
「何故……何故なの……何故なのよぉ~」
家中をくまなく探しても、なのはたちの姿は見つかることはなかった。
それどころか、なのはの部屋から旅行かばんと服が何着か無くなっていた。
そしてその事実は、私にとある3文字の単語を想起させる。
「これが、三行半、か……」
昔観た時代劇のワンシーンを思い出し、軽く憂鬱になる。
実際に突きつけられた身になると、その苦しみがよく解るというものだ。
時代劇だと思ってバカにしていた自分が恨めしい。
「なのはぁ、どこに行っちゃったのぉ~」
例の手紙を見つめながら途方に暮れる。あまりの寂しさに、涙すら出てきそうだ。
あぁ、これから私、どうすればいいんだろう?なのはがいない人生なんて、想像もしたくないよ。
その時だった。突然、私のもとへ通信が入ったのだ。
もしかしたら、なのはかもしれない。そう思った私は、何も考えずに通信を開始する。
「なのはっ!?」
『……いきなりご挨拶やね、フェイトちゃん』
画面に映ったのははやての顔。そうだよね、なのはが連絡してくるはずないよね。
そうじゃなきゃ、あんな手紙は置いていかないだろう。
「で、何かな? ちょっと今忙しいんだけど」
『まぁそう言わんといて。明日の朝一に貸して欲しい資料があるんやけど』
なのはのことで頭がいっぱいになっていた私に、はやての言葉が耳に入るはずもない。
ただ右から左へと聞き流していた。が、そこで新たな可能性に思い至った。
もしかしたら、はやての所にいるかもしれない。この周辺でなのはが一番信頼しているのははやてだ。
それに、今日の一般向けの転送ポート使用時間は過ぎてしまっている。
もっと早い段階に行ってしまわれればアウトだけど、なのはも今日は勤務だったからその可能性は低い。
ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
「あの、はやて。そっちになのは、行ってない?」
元々分の悪い賭けだ。いなくても当然なんだから、過度の期待は禁物。
だけど、はやてから返ってきた答えは私の想像以上のものだった。
『なのはちゃん? 来とったよ、それが、』
「今から行くから、待ってて!」
『あっ、ちょっと、フェイトちゃん!?』
はやての言葉を背中に受けながら、私はガレージへ急いだ。
「で、人の話も聞かんと、ここに来たっちゅーわけや?」
「面目次第もございません」
はやての家に辿り着いた私は、事実を告げられて現在リビングで土下座中。
はやてが言うには、なのはた来たのはもっと前のことらしい。
よかった、シグナムがいなくて。いたら絶対に誂われていたと思う。
「まぁ、そのそそっかしいところはフェイトちゃんらしいけどなぁ」
「……茶化さないでよ」
とはいえ、自分でもその自覚があるのが悲しい。って、今はそんな場合じゃなかった。
「それではやて、なのははどこに?」
「ちょい待ち。そもそもフェイトちゃん、どうしてこうなったか解っとる?」
はやてに言われ、これまでの自分の行動を思い起こす。
……マズい、心当たりが多すぎる。どれが正解なのか解らないほどだ。
「悩んどるってことは、心当たりはあるんやね? せやったら、しっかりそれについて反省しとる?」
「勿論だよ!」
それには即答する。多分、今日のことが引き金になったのは間違いないのだから。
「反省してる。なのはにはここ数日の間、本当に悪いことをした」
「ほなら、家に戻ってみればええんちゃう?もしかしたら、戻ってるかも、な」
最後にウィンクをして、はやては私の肩を押した。それで全てを理解する。
無言ではやてに頭を下げると、すぐに家に戻るため車へ向かう。
「あ、ヴィヴィオはウチにおるから。ま、そういうことで」
「フェイトママ、頑張ってね」
「ありがとう、はやて。ヴィヴィオも」
いつの間にかはやての横に立っていたヴィヴィオに軽く手を振ると、
私は家に向かって車を飛ばすのだった。
「ただいまぁ~」
仕事から帰ってきたときのように、小声でリビングの扉を開ける。
だけど、さっきとは違う。真っ暗なリビングの真ん中に、さっきはなかった人影がある。
「まったく、連絡くらい頂戴よね」
「ごめん」
暗闇からかけられた声に、無条件で頭を下げる。
いくら謝罪しても足りないけど、それが今の私に出来る精一杯の謝罪だ。
「まぁ反省してるのはよく解ったからいいけど。本当に、ウチの旦那様は仕事熱心なんだから」
茶化すようにして、なのはがリビングに灯を灯す。そこで私は初めてなのはの表情を見ることになった。
なのはは笑っている。まるでいたずらに成功した時のように。
だから私は聞かずにはいられなかった。彼女がどうしてこんなことをしたのか。
「なのは、一体どうして?」
「ふふっ、フェイトちゃん、今日は地球だと何月何日でしょうか?」
質問に質問で返されてしまった。とりあえず私は持っていたデバイスで、地球の現地時間を確認する。
日本だと今日は、4月1日。そうか、そういうことだったのか。
「エイプリルフール、だね?」
「正解。少しお兄ちゃんの気持ちが解っちゃった。フェイトちゃんって、本当に素直なんだもん」
楽しそうに笑うなのはを前に、私はどうすることも出来なかった。
今回の非は間違いなく私にあるわけだから。それになのはに騙されるなら、いいかな。
「でも、」
なのはの笑顔が消える。それは本気で怒ったときに見せる視線だった。
恐怖を覚えるような視線を受け、私の背筋が勝手に伸びる。
「今度こんなことがあったら、嘘じゃなくなるかもしれないよ」
「それも嘘、かな?」
私の言葉になのはは小さく笑った。
「さぁ、どうだろうね」
「じゃあ、私も今から嘘吐くよ」
このままやられっぱなしというのも癪だ。ここは思いっきり嘘を吐いてなのはを困らせてやろう。
「今日のことでよく解ったよ。私、なのはが大嫌いだって。キスなんか絶対にしてあげないんだから」
「うん」
私の言葉に頷き、極上の笑みを浮かべたなのはの顔が近づいてくる。
近づいてくるなのはの唇に、自分のそれを重ねながら私は思った。
なのはのことなんて、大嫌い。もう絶対に一緒にいたくない。
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