教習所レッスンはいかが? ~マッハ・レーサー~

今日は久しぶりの休み、ということでヴィヴィオと一緒になのはの教習を見学にやって来た。
どんな様子で教習を受けているのか気になったし、それ以外にも不安に思うことがあったからだ。

そして、その不安はものの見事に的中した。

「わぁ、ねぇフェイトママ、なのはママの車って、アレかな?」
「う、うん、多分ね」
開いた口がふさがらないとはこういうことを言うに違いない。それだけ、目の前の光景が信じられないのだ。
今、私の前を猛スピードで駆け抜けていった教習車。おそらく、というか間違いなくアレになのはが乗っている。

「なのはママ、すごく速いね。他の車とぜんぜん違うよ」
純粋なヴィヴィオに、何と言っていいものやら。

あれこれ悩んでいるとなのはの教習が終了したのか、車から降り立った。
その姿はまるで一仕事を終えたときのように、実に堂々としていた。

うん、多分本人に自覚はないんだろうな。

教官と少しの間話して、なのはは私たちのところへやって来る。表情は満面の笑み。
信じがたいことだが、どうやらあの運転でハンコを押してもらえたらしい。

「あ、フェイトちゃん、ヴィヴィオ。わたしの運転見てくれてた?」
「見てたよ。すっっごく速かった。流石なのはママだね」
「もうヴィヴィオったら、おだてても何も出ないよ」
目の前で和気あいあいと語り合う母娘。しかし私には、どうしても訊ねたいことがあった。

なのはがハンコを貰えたのか否か。
貰えたのなら、それはそれで問題だし、違うのならなぜなのはの表情に笑みが浮かんでいるのか気になる。

「ねぇ、なのは。その、教官からハンコ、貰えた?」
「貰えたけど、それがどうかしたの?」
どうやら私の知らないうちに道路の事情が変わったらしい。
そうか、あの運転でハンコが貰えるようになったのか。管理局に嘆願書でも提出しようかな。

「ううん、何でもないよ。でも、ハンコが貰えてよかったね」
「うん。教官にね、運転が終わった後『わたしの運転どうですか?』って聞いたの。
そうしたらハンコ3つも貰っちゃった、えへへ」
前言撤回。なのはにそんなこと言われたら、誰だってハンコを押したくなるだろう。

寧ろ3つじゃ少なすぎるくらいだ。私が教官の立場なら、その場で免許証を発行してあげてもいい。
それが許せるくらい、なのはは可愛いんだから。

「とりあえず帰ろう。順調にいけば、そろそろ修検じゃない? いつだっけ?」
「このままなら、来週の頭かな。これに合格しないと、路上に出られないもんね。頑張らないと」
来週の頭か。それなら特に問題もなさそうだから、見学に行こう。

いや、行かないと何が起こるか解ったものじゃない。そう心に誓って、私たちは家路につくのだった。
勿論、なのはに自覚してもらおうと、これ以上ないくらいの安全運転で。

そして迎えた修検当日。しっかりと悠久を取った私は、なのはを教習所へと送り届ける。
流石のなのはも緊張しているようで、行きの車中では口数が減っていた。

「いい、なのは。とにかく筆記に受からないと駄目だからね?」
「大丈夫、そっちはすごく勉強してるから」
そのことはよく知ってる。昨日も夜遅くまで部屋の明かりが灯っているのを確認したから。

それになのはのことだ、学科は特に問題ないだろう。問題は学科に合格した後の技術試験。
ものすごく厳しいのだ。特に管理局員に対して。

「じゃあなのは、頑張ってね」
「了解。それじゃあ行ってきます」
教習所の入り口まで車で送ると、なのはは元気よく飛び出していった。
これでしばらく暇になった私は、一旦家に戻ることにする。

学科試験にかかる時間はだいたい1時間30分程度。少しくらいならのんびりする時間もあるだろう。
これから起こるだろうことに向け、心を休める意味もある。そして私は、心の平穏を求めて自宅へ戻ったのだった。

きっかり1時間30分後。教習所に戻った私を出迎えたのは、満面の笑みを浮かべたなのはだった。
どうやら上手くいったようでとりあえず一安心。だが、ここからが問題だ。技術試験が待っているのだから。

「なのは大丈夫? 緊張してない?」
「少し、してるかな。やっぱり試験って聞くとどうしても」
表情を強ばらせながら、なのはは言う。学校に通っている頃からなのははこうだった。
試験前になると気合が入りすぎて空回りしてしまうことがあるのだ。
そして私はこういう時の対処法も、当然心得ている。

「じゃあ合格したら、一緒にお昼行こうね。合格祝いに私が奢っちゃうから」
「本当?じゃあわたし行ってみたいお店があったんだぁ」
先程まで硬くなっていた表情を崩し、笑顔を向けてくるなのは。こういう所は、本当に昔から変わらない。
意識を別のものに移動させることで、空回りしていた気合がしっかりと本来の目的へと向かうのだ。

「まだ時間あるみたいだから、軽くランニングしようか? そうすれば緊張も解れるだろうし」
「そうだね。じゃあお願いします、フェイト教官」
舌を出しながら、なのははそう言ってくる。そんな態度の教え子には、少し脅しをかけないといけない。
私は少し真面目な表情を浮かべ、なのはに言い放った。

「私の訓練は厳しいよ?」
「心得ています」
朗らかな雰囲気のまま、私たちは試験の開始を待つのだった。

いよいよ試験開始。なのははあまり緊張した様子もなく、車へと向かった。
だが、そこで私の目がマズイものを捉えた。
なのはの担当の教官。

それは、私の最初の修検の時に容赦なく減点した、この教習所で一番厳しいと噂の人だ。

なのはの一発合格に再び暗雲が立ち込める。
そんな私の心中を察することが出来るはずもなく、なのはの試験は始まった。
こうなれば私に出来ることはただひとつ。祈ることだけだ。

(なのは、頑張って)
私の祈りが通じたのか、はたまた偶然か、カーブをスムーズに曲がってくるなのはと一瞬だけ視線が合う。
その瞬間、なのはが笑ったように見えた。なんだ、思ったよりしっかり出来てる。

これなら大丈夫、と思った矢先、ソレは始まった。

コーナーの立ち上がりから、急激にスピードを上げるなのはの車。
またたく間に私の前を通り過ぎ、次のコーナーを限界ギリギリの速度でクリアする。

そこから先は凄まじいものだった。
S字もクランクも、明らかに限界を超えた速度で走りぬけるなのはの車。
それでいて一時停止や進路変更などはしっかり守っている。
隣に乗っている教官はあまりの光景に、補助ブレーキを踏むことすら出来ないのだろう。

そして私は思った。終わった、と。

やがてなのはの車が停止位置まで戻ってくる。停止場所は完璧だ。
だがそれだけで、今までの運転が許容できるわけもない。
うん、帰ったらなのはと一緒にシュミレーターで練習しよう。次の試験のために。

でも様子がおかしい。いつまで経っても、なのはたちは車から出てこない。
不思議に思って近づくと、なんと教官は助手席で失神しているようだった。その気持は痛いほどわかる。

私が隣に乗っていても、失神しないでいる自信がないから。って、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
とにかく教官を何とかしないと。と、助手席を開けようとしたとき、突然教官が目を覚ます。

そして世にも恐ろしいことを宣った。

「おぉ、見事! 高町さん、合格!!」
「へ?」
思わずそんな声を上げてしまう。どうやら失神していたために、最後の停止部分しか解らなかったようだ。
えっ、そんなのって、あり?

「やった、やったよフェイトちゃん。一発合格っ!」
私の思いとは裏腹に、楽しそうにしながら抱きついてくるなのは。

いつもならなのはの感触を楽しむところだろうけど、残念ながら今の私にそんな余裕はなかった。
目の前の状況が、私の予想をあまりに越えていて、理解が追いつかないのだ。

「では高町さん、明日から路上ですので」
「はいっ、明日からもよろしくお願いします」
なのはと教官の会話を聞き、ようやくこの結果がもたらすであろう事態を想像する。

このままの運転で路上に出たらミッドチルダの平和のために、私はなのはを逮捕することになってしまうだろう。
それだけは絶対に避けたい。いや、避けなければならない。

じゃあそうするためにはどうするのか? 答えは明白だ。

私も明日から教習所に通うことにしよう。なのはのストッパー役として。
そんなことを考えていると、なのはが声をかけてくる。

「どうしたのフェイトちゃん。早くご飯行こうよ」
「う、うん、そう、だね」

明日からの生活に、一抹の不安を抱えながら、私はなのはの言葉になんとか頷くのだった。