忘れ去られた? ハロウィン

「~~♪」
仕事から帰宅の途中。愛車を運転しながら、思わず鼻歌が漏れる。
愛する妻と娘が待つ家に帰るのはいつでも楽しみだけど、今日は格別だ。

地球における今日は10月31日、そうハロウィンだ。

「うん。お菓子も用意したし、準備は万端」
信号待ちの時間を利用して、助手席に置いたお菓子の袋を確認する。
中にはヴィヴィオの好きなお菓子を入れておいた。ヴィヴィオが喜ぶ姿を簡単に想像できてしまう。

 

『ただい、』
『フェイトママ、トリック・オア・トリート!』
ドアを開けると黒い魔女帽子を被り、黒いマントで身を包んだヴィヴィオ。
そのヴィヴィオが瞳をキラキラと輝かせながら、楽しそうに両手を突き出してくる。

そんな娘の期待に応えないわけにはいかない。私はそこで、隠していたお菓子の袋を取り出す。

『はい、ハッピーハロウィン』
『ありがとう、フェイトママ!』
そう言ってお菓子の袋を握り締め、トテトテとリビングへ向かう我が娘。
きっともらったお菓子を食べるんだろう。
苦笑しながらその後姿を見送っていると、娘と入れ替わるように今度は妻が現れる。

『ただいま、なのは』
『おかえり、フェイトちゃん。えへへっ……、トリック・オア・トリート!』
『えっ?』
予想外の言葉に固まってしまう。

するとなのはが微笑んだ。ヴィヴィオに見せるような微笑ではない。
どこかに艶がある、私にしか見せてくれないような、そんな微笑。

『お菓子くれないの?じゃあ、イタズラしちゃうよ』
『ふふっ、いいよ。どんなイタズラをしてくれるのかな?』
挑発するような視線に負けず、私も言葉を返す。
一瞬の視線の交錯。そして私たちは、どちらからともなく顔を近づけ……

 

「っ!?」
何かの音で我に返る。顔を上げれば信号が青に変わっていた。
どうやら後ろの車のクラクションだったようだ。後続の車に悪いと思いつつ、車を発進させる。

それにしても、
「あんな風になればいいなぁ」
つい口に出してしまう。結局家に辿りつくまでの間、私の脳内ではさっきの妄想がループしていた。

車を車庫に入れ、ドアの前に立つ。開けた途端、ヴィヴィオがやって来るはず。
そんなことを思いながら、ゆっくりとドアを開いた。
「ただいま」
開けた途端とはいかないまでも、すぐにヴィヴィオがやって来た。でも何かおかしい。

そう、ヴィヴィオは私が思った通りの格好ではなかった。
いや、仮装すらしていない。ヴィヴィオが着ているのはSt.ヒルデ学院の制服だったから。
「おかえりフェイトママ、ってそんなところに立ったままどうしたの?」
目の前の状況が理解出来ない私にそう尋ねるヴィヴィオ。

おかしい、何かがおかしい。私が日付を間違えたとか?
それはない。

去年見事なまでに忘れていたことを糧に、今日までの1週間、毎日のようにカレンダーで確認したのだ。
いくら私でも、日付を間違えるなんてことはないはずだ。

「あっ、あのね、ヴィヴィオ、今日って、」
「ほらぁ、なのはママがハンバーグ作って待ってるんだから、早く行こうよ」
そう言いながら私の手を引くヴィヴィオ。そうか、食事の場でハロウィンをするってことなんだ。
ヴィヴィオはそれを隠そうとしているということに違いない。それなら納得だ。
娘の誘いに乗って、私は靴を脱いだ。

私服に着替え食卓につくと、ヴィヴィオの言葉通り、なのはお手製のハンバーグが私を迎え入れる。
多分食後にパンプキンパイか何かが出されるはずだ。去年がそうだったから、確信がある。

「聞いてよママ。今日ね、コロナったらね……
ヴィヴィオの話を聞きながら、その時を待つ。お菓子の袋は持って来ているから、準備は万端。
だけど、その時は一向に訪れない。夕食が終わっても、ヴィヴィオに動きがないのだ。
もしかして、ふたりともハロウィンを忘れちゃってるのかな?去年私が忘れてたように。

「ヴィヴィオ、お風呂入ってきちゃって~」
「はぁい」
チャンスだ。ヴィヴィオがお風呂に入っている内に、なのはに聞こう。
それで協力してもらえばいい。早速私は、テーブルを拭いているなのはに近づいた。
少し驚かすように、後ろからこっそりと。

「なのは」
「にゃっ!って驚かさないでよ、フェイトちゃん」
すぐさま振り返り、同時にホッとしたように胸をなで下ろすなのは。
どうやら驚かせた甲斐があったみたい。

「ごめんね。ちょっとイタズラしたくなっちゃった」
「イタズラって、ヴィヴィオじゃないんだから」
今度は少し呆れたように目を細め、こっちを見てくる。でもそんな視線には、あえて気付かないふり。
早く本題に入らなければならない。ヴィヴィオがお風呂から出てくる前に。

「ねぇ、なのは。地球での今日って、何の日か知ってる?」
「えっ、今日って何かの記念日だっけ? おかしいなぁ、ちゃんとチェックしてるんだけど」
どうやら完全に忘れてるみたい。でも、すぐに答えを言ってしまったら面白くないよね。
ここはヒントをあげてみよう。

「じゃあ、ヒント。最初の文字がハで、最後の文字がンだよ」
「ハリケーン?」
「さすがにそれは記念日にならないと思うよ。日本だと」
というより、それは記念日にしてもいいものなんだろうか。もしかしてなのは、本当に解ってない?

「じゃあ、大ヒントです。2文字目はロ、だよ」
「ハロゲン?」
駄目だ。やっぱりなのはは解ってない。だったら答えを教えるしかないみたいだ。

「正解は、」
「ハロウィンだよねっ!」
「きゃっ!」
背後からの突然の声に、思わず悲鳴を上げてしまう。
さっき私がなのはにやったことだけど、予想以上に驚かされた。うん、今度から少し自重しよう。

そんなことを胸に刻みながら、犯人確認のため振り返る。
とはいえ犯人は解っている。なのはが目の前にいるんだから、答えは一人しかいない。
「もう、驚かさないでよ。ヴィヴィ、オ?」
振り返ると同時に固まってしまった。

だってそこにいたのは、私が想像した通りの、可愛らしい魔女だったから。
「えへへ。フェイトママ、トリック・オア・トリート!」
瞳を期待で輝かせて、ヴィヴィオが両手を突き出した。そんなところまで私が想像した通り。
それなら、私もそれに応えなければならない。

「はい、ハッピーハロウィン。ヴィヴィオ」
隠していたお菓子袋をヴィヴィオの手に乗せてあげる。途端にすごく嬉しそうな顔になるヴィヴィオ。
よかったぁ、覚えててくれたんだ。なんだか、それだけで癒された気分だ。

「ありがとう、フェイトママ。今年はちゃんと覚えてたみたいだね」
「去年忘れちゃってたからね。今年こそは、って」
少し残念なことを言われたけど、それは自業自得だから仕方ない。
でもだったら、どうしてふたりとも黙ってたんだろう。

「ねぇ、どうして黙ってたの?」
「だって去年はフェイトちゃんが忘れてたじゃない。そのお返し」
質問に答えたのはなのは。なるほど納得。去年のことを考えれば、これくらい当然かもしれない。
気づいたら、みんなで笑っていた。お互いの顔を見合わせて、3人で笑っていた。

「まぁ、フェイトちゃんも驚いてくれたようだからそろそろお芝居は止めてパイを食べよう?
ちゃんと用意してあるからね」
「流石はなのは。抜け目ないね」
「当然だよ、なのはママだもんっ!」
笑いながら私たちはもう一度テーブルに腰掛けた。

今年こそ、ちゃんとハロウィンをするために。
来年もちゃんとハロウィンを覚えているように、今日を心に刻み込もう。

 

その夜、ヴィヴィオが寝静まった頃。寝る前にコーヒーを飲んでいると、なのはが話しかけてきた。
言われる台詞はひとつしか思い浮かばない。当然だ。だってハロウィンなんだから。

「フェイトちゃん、トリック・オア・トリート」
「ごめんね、なのは。お菓子はもうないんだ」
その言葉を待っていたように、なのはは微笑んだ。
私が想像したとおりのあの微笑で、私を見つめてくる。その視線に、抗う術はなかった。

「じゃあ、イタズラしちゃうよ」
「いいよ。どんなイタズラをしてくれるのかな?」
こうして、ハロウィンの夜は更けていく。

翌日、すっかり寝坊してしまうことになるとは、この時の私たちには知る由もなかった。

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