ジェットコースター怖い……

今日は聖祥小学校の遠足。行き先は少し遠くの遊園地。
なのはと一緒に遊園地に来れるなんてすごくラッキーだと思ってた。……ついさっきまでは。

「フェイトちゃん、楽しみだね」
「うん、そう、だね」

私フェイト・T・ハラオウンは今、人生最大の危機に陥っている。でも今更後悔しても後の祭り。
私の身体はどんどん昇っていく。逃げたくても肩のところのバーが邪魔をしてどうしようも出来ない。
ガタゴト音を鳴らしながら頂点目掛けてゆっくりと上っていく様は、さながら死刑宣告のよう。
そう、ジェットコースターは止まってくれないのだ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 

自由時間になって、私たちはいつもどおり5人でいろいろなところを回っていた。
その中でも特にお化け屋敷は最高だった。
なんといっても、仕掛けが作動するたびになのはが抱きついてくるのだ。
それも涙目になりながら、こちらが悲鳴を上げたくなるような可愛らしい悲鳴を上げて。
私の人生の中でも最高のひと時だったに違いない。

 

そう、そこまではよかった。そこからが問題だったのだ。

「ねぇ、今度はアレに乗らない?」
次はどれにしようかと悩んでいる私たちにアリサが指を差しながら声をかけてきた。

その指先にあったのは、遊園地の定番ジェットコースターだ。
正直に言うと私はジェットコースターの類が全くダメ。
自分で飛び回るのは全然いいんだけど、自分以外の力でそれをやられると怖くなってしまうのだ。

そんな私の心中を察してか、すずかが助け舟を出してくれた。
「でもアレってかなり人気だから、けっこう待たされたりすると思うんだけど」

確かに。入園するときに貰ったパンフレットにも大きく書いてあったりして、かなりの人気アトラクションみたい。
何でも落下距離が世界一なんだとか。
……絶対に乗りたくない。

「それもそうね。入ってきた時も、大分並んでたみたいだったし。やっぱり別のにする?」
「大丈夫やと思うけどなぁ。今はお昼時やし、何より今日は平日やから」

どうして余計なことを言うのかな?せっかくアリサが心変わりしてくれそうだったのに。
こうなるともう、最終手段しかない。5人であることを利用した最大の秘奥義、多数決だ。

「じゃあ、多数決で決めるわよ。ジェットコースターに乗りたい人、挙手」

こうなれば勝てるはず。はやてはともかく、なのはもこういうのは苦手に決まってる。
だって、お化け屋敷で悲鳴を上げて怖がっちゃうような女の子なんだよ。
ジェットコースターなんてもっと苦手のはずだ。アリサには悪いけど、別のものに乗らせてもらうよ。

「えぇっと……。あたしとはやて、んでもってなのは、と。はい、3人の挙手でジェットコースターに決定!」
って、あれ? なのはが手を挙げてる。一体どうして?

「それにしてもなのは、アンタこういうの好きよね~。血筋?」
「そんなことはないと思うけど。なんとなく楽しいよね」

完全に計算外だった。まさかなのはがジェットコースター好きだったなんて。
でも今となっては、もう何も言えない。私は渋々その意見に従うことになってしまったというわけだ。

これだけならまだよかった。
いや、ジェットコースターに乗ることになった時点でよくないんだけど、
とにかく私は一番怖くなさそうな真ん中あたりに乗ろうとしていた。

でも、なのはが許してくれなかった。

「フェイトちゃん、一番前に乗ろう?」
「はい?」

一瞬、お化け屋敷の仕返しかと思ってしまった。
でも考えてみたら、なのはと一緒に遊園地に行くのは今日が初めて。
多分、無意識にやっているんだろう。それはそれで怖いけど。

「い、一番前はちょっと、」
「えっ? ダメなの?」

上目遣い+涙目のコンボ攻撃に勝てるわけもない。
2秒後、私の首は縦に振られていた。私の意志とは関係なしに。

と、こんなことがあって私は天国への最前線にいるわけだ。
なんだか自業自得な気がするけど、それは気にしてはいけない。
頂点がもう目の前だ。覚悟を決めて私は思い切り目を瞑った。が、そこに悪魔の囁きが。

「なのはちゃん、めっちゃ可愛いなぁ」
その悪魔はちょうど真後ろにいたらしい。

思わず眼を開けてなのはを凝視してしまった。はっと気付いたときにはもう遅い。
一瞬の浮遊感の後、私の身体は猛スピードで地面に突撃していた。

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」
「はやてぇぇぇぇぇ!!!」
隣の可愛らしい悲鳴とは対照的な呪詛のような叫びが出てしまったのは仕方のないことだろう。

 

その後のことはよく覚えていない。
どうやらジェットコースターで気絶してしまったらしい。
眼を開けるとなのはの顔が見えた。もしかしてここ、天国なのかな?

「起きた? フェイトちゃん?」
「なの、は?」
心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでくるなのは。
って、もしかして私が枕にしてるのって、なのはの膝?

「ごっ、ごめんねなのは、すぐに退くからっ、」
なのはに膝枕をされているということに気付いて、すぐに起き上がろうとする。
でも、力が入らない。軽い貧血状態みたいだ。

「まだ無理しちゃダメだよ。ほら、横になってないと」
そう言うとなのはは、私の顔を軽く膝に押し付けた。
なんだかものすごく恥ずかしい。
顔が真っ赤になっているのを自覚しながら、恥ずかしさを隠すために質問する。

「みっ、みんなは?」
「他のアトラクション。みんなも残ってくれるって言ってくれたけど、それだと悪いから」
「そっ、そうなんだ」

それを最後に会話が終わる。
沈黙の中、私は心臓の音がなのはに聞こえていないか心配になっていた。

だって、ものすごくバクバクしてるから。

そんなことを気にしていると、なのはが不意に言葉をかけてきた。

「ごめんね、フェイトちゃん。フェイトちゃんがジェットコースター苦手なのに、一番前に乗っちゃって」
今にも泣き出しそうな顔で謝ってくるなのは。そんな顔されたら、私が困っちゃうよ。

「大丈夫だよ。言わなかった私にも責任はあるから」
「でもでも、わたしが言わなかったらフェイトちゃんは、」
「もう大丈夫だから、ね。そんなに謝らないで。気にしてないから」

意地になって謝ってきそうななのはを制する。
なのはは優しいから、こうでもしないとひたすら謝り続けてしまう。
一方のなのはは、まだ謝り足りないという顔をしていたけど、突然笑顔になった。
なんだか、嫌な予感がする。

「じゃあ、お詫びの印に」
「そんなのいいって、んっ」
不意に私の唇が柔らかいもので塞がれた。
えっ、これってキス、だよね?
確かにあんまり人はいないけど、えっと、その、なんというか、嬉しいんだけど、恥ずかしい、かな。

「これがお詫び。怖い思いさせちゃってゴメンね」
さっき以上の笑顔を見せるなのはにもう何も言えない。
結局アリサたちが戻ってくるまで、私たちはずっとこのままだった。

こういうことがあるならジェットコースターもいいかな、なんて少しだけ思ったのは内緒。
でも、偶になら乗ってもいいかな。勿論、なのはと一緒に。

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